2018年5月14日 (月)

時評=土砂災害-「前兆」頼りすぎるな

5月9日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.何回かツイートしている件を文章化したものです.添付の図は参考のためにつけたもので,紙面には掲載されていません.
 
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時評=土砂災害-「前兆」頼りすぎるな
 
 土砂災害が発生する際には,「前兆現象」があるので注意せよ,といった話をよく聞く.このこと自体は何も間違った話ではない.たとえば,平成29年5月12日付の政府広報オンライン「土砂災害のおそれのある区域は全国に約67万区域!」の中では,前兆現象として,「がけから水が湧き出る」「山鳴りがする」「急に川の水が濁り、流木が混ざり始める」「腐った土の匂いがする」「降雨が続くのに川の水位が下がる」など(一部抜粋)が挙げられている.しかし,こうした「前兆」に頼りすぎると,かえって危険である.
 
 これら現象を「前兆」のほとんどは「すでに山のどこかが壊れはじめている」ことに起因するものである.たとえば「腐った土の匂いがする」は,斜面が崩壊して攪拌された土砂の匂いが漂ってきたものであり,「急に川の水が濁り、流木が混ざり始める」は,崩壊した土砂が河川に流れ込み,土石流となって動き始めていることを示唆する.すなわちこれらは,「前兆」というよりは「発生」を示す現象と理解した方が適切である.
 
 土石流の速度は概ね時速20~40km前後,流れる距離は数百~数千m程度が目安である.仮に時速40kmとすれば1分間で667mを流下する.ということは,なんらかの「前兆」を覚知しても,残された時間は秒単位しか期待できない.「前兆」と聞くと,それを待って行動開始すれば良いかのような印象が持たれるが,実際に使える時間はほんのわずかである.「前兆」覚知後の行動開始では,手遅れとなることが懸念される.
 
 なお,「地すべり」と呼ばれる現象では,斜面全体がゆっくり(基本的には1日数cm程度)と動きはじめ,やがて大きく動くことがある.この場合は「地面がひび割れ・陥没」などの「前兆」が確認され,監視・対策がとられうる.2013年4月の浜松市天竜区春野町での地すべりもこのような経過をたどった.地すべりの場合「前兆」は有効と言っていい.しかし,大雨に起因するがけ崩れや土石流は,話が全く異なる.
 
 大雨に起因する土砂災害の「前兆」なら,基本に立ち返り「いつもと違う大雨」「ただならぬ増水」に目を向けて欲しい.これらの情報は,その場で目で見るばかりでなく,テレビやネットでも確認できる.

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2018年3月28日 (水)

時評=「初めてだ」と言う前に-長い視野での考察を

だいぶ経ってしまいましたが,1月18日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.
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時評=「初めてだ」と言う前に-長い視野での考察を
 
 社会的な注目が集まるような規模の自然災害が発生すると,「こんなことは初めてだ」といった声をしばしば聞く.そんなことはあり得ないとまでは言わないが,「初めてだ」と受け止める前に,立ち止まって考えてみたい.
 
 「(私自身が現実に経験した範囲では)こんなことは初めてだ」という話であれば何も違和感はない.我々自身が人生で経験することはごくわずかなことであり,その人生の中で実際に自然災害に見舞われるケースは稀である.
 
 たとえば筆者の調査によれば,2004~2016年の13年間に風水害による死者・行方不明者(以下では「犠牲者」)が生じたのは261市町村,1年あたり平均20市町村ほどとなった.これは2010年現在の区割りで計算したので,同年の全市町村数1727に対しては1.1%ほどに相当する.自分が住む市町村内で1年間に犠牲者が発生するような風水害に見舞われない可能性(確率)が99%程度と言えそうである.
 
 これを参考に簡単な計算をすると,「見舞われない確率」は50年間では約61%,100年間でも約37%となる.あくまでもこれは大雑把な計算であり,何%という数値には意味が無い.ただ,我々一人一人が身近なところでまとまった規模の風水害に見舞われることは,かなり限定的とは言えそうである.
 
 一方,同じデータを日本全国で俯瞰すれば,毎年20市町村程度で風水害による犠牲者が発生している,と読むことができる.毎年,日本国内のいくつかの場所で,犠牲者を生じる規模の風水害が発生することは「初めてだ」どころではなく「当たり前」と考えなければならない.また,それは最近になって始まったことではなく,これまでも繰り返されてきたことである.
 
 消防庁の資料をもとに集計すると,2017年の風水害による犠牲者は58人となった.これは先にも挙げた2004年以降の14年間では多い方から6番目で,格別多い訳ではない.たとえば1950~1960年代には1年間の自然災害(ほとんどが風水害)犠牲者が千人を超える年も珍しくなかった.過去には様々な災害が繰り返し発生しているが,我々はそのことを忘れてしまいがちなのかもしれない.人と比べ,自然は時間も空間もスケールが大きい.直近の災害ばかりに目を向けず,長い視野で考えていきたい.

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2017年12月26日 (火)

時評=完全でないハザードマップ-知見基に有効活用を

だいぶ経ってしまいましたが,10月25日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.九州北部豪雨を経ての,「ハザードマップの限界」について思うところです.
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時評=完全でないハザードマップ-知見基に有効活用を
 
 「ハザードマップ」とは,例えば国語事典(大辞林第三版)では「地震・台風・火山噴火などにより発生が予測される被害について、その種類・場所・危険度などを示した地図。災害予測地図」とある.洪水,土砂災害のハザードマップは法的に公表が義務化され,津波,火山などについても整備が進み,身近な存在になりつつある.地域の災害特性を知る上で極めて有用な基礎資料だが,様々な課題もある.
 
 ハザードマップ作成時には,災害を引き起こす現象を予想し,その影響を計算で求めることが一般的だ.たとえば「この範囲に,このような雨が降ったら,この地点での水位はこれくらい」といった計算が可能になっているが,「このような雨」の想定が極めて難しい.雨量,継続時間などの前提が少し異なれば「この地点での水位」は大きく変わってしまう.このため,「精密な計算」を行っても「正確なハザードマップ」を作ることは不可能である.示された数値等を細かく読み取って覚えたりすることは適切な使い方ではない.
 
 ハザードマップで「色が塗られているところは何らかの災害が起こりうる」と考えて差し支えない.しかし「色が塗られていないところは安全な場所」と考えるのは適切でない.
 
 たとえば,地形的に土砂災害が起こりうる場所であっても,住家等がなければ土砂災害警戒区域等には指定されない.「急斜面沿いの道だが土砂災害警戒区域ではないので安全が保証されている」などという考えは適切でない.急斜面や山地の谷筋は基本的に土砂災害に要注意である.
 
 洪水の浸水想定区域は大河川の氾濫を想定したハザードマップ整備が進んでいるが,特に山間部の中小河川については様々な困難があり,地形的に洪水が起こりうる場所でも浸水想定区域となっていないことが少なくない.今年7月の九州北部豪雨では,こうした場所で多数の犠牲者も生じている.河川と高さの変わらない場所は,基本的に洪水の影響を受けうると考えた方が良い.
 
 ハザードマップは有効な情報だが,完全なものではない.ハザードマップを活用していく際には,発行している自治体など,技術的な知見を持った人たちと情報交換を行っていくことも重要だろう.

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2017年8月21日 (月)

時評=災害時の行方不明者-「匿名化」行き過ぎでは

8月10日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.この問題はいろいろな考え方があり,難しいものです.
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時評=災害時の行方不明者-「匿名化」行き過ぎでは
 
 7月5日~6日にかけて発生した『平成29年7月九州北部豪雨』により,福岡県,大分県で36人の方が亡くなり5人が未だ行方不明である(8月3日消防庁資料).これは現在進行形の事実だが,最近こうした情報を扱うことが難しくなっている面がある.
 
 自然災害に伴う死者数(直接死)と行方不明者数の合計は,発災直後は情報が集まらない,重複計上されるなどして次第に増加するが,ある時点で最大となった後は,状況の判明に連れて減少するという形がこれまでは一般的だった(ただし関連死者数は増加する).「ある時点」は近年の風水害では概ね数日後だが,東日本大震災では約1ヶ月後だった.
 
 ところが近年,「行方不明者」という情報が不明瞭になりつつある.たとえば2016年台風10号による岩手県の災害では,消防庁公表資料に「行方不明者7人」が初めて示されたのは発災9日後の9月8日,うち6人は氏名が公表されなかった.平成29年7月九州北部豪雨ではさらに対応が慎重になり,消防庁公表資料に「行方不明者7人」と初めて示されたのは発災15日後の7月20日であり,氏名は全員公表されなかった.
 
 災害時の行方不明者に関する情報公表が法律で禁じられているわけではない.個人情報保護法では,本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないとされているが,「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」などは除外される.
 
 「行方不明者」として氏名などが公表されたことで,様々な事情で周囲に所在を知られたくない人の情報が明らかになってしまうといった懸念は確かにある.一方で,氏名が公表されないことにより安否確認がスムースに進まないといった問題もある.長期的に見ると,重大な被害情報である「人的被害」についての記録,教訓が後世に残らないといった側面もある.
 
 関係者が公表を強く拒んでいる場合などに無配慮な対応はあってはならないが,だからといって近年のあり方は少し行き過ぎではなかろうか.直接当事者となる市町村だけでは決められない問題でもある.難しい問題ではあるが,社会全体で議論していく必要があると筆者は考える.
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この話題については,岩手日報による興味深い企画記事もあります.
 
岩手日報企画・特集 「あなたの証し 匿名社会と防災」
 
平成29年7月九州北部豪雨を受けて,西日本新聞も関連記事を出しています.
 
不明者名公表に基準なく 災害時、自治体判断割れる 専門家「明文化が必要」

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2017年5月 5日 (金)

時評=避難準備・指示の名称変更-情報の意味考えたい

3月2日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.だいぶ時間が経ってしまいましたが,記録として掲示しておきます.
 
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時評=避難準備・指示の名称変更-情報の意味考えたい
 
 昨年の台風10号災害時の高齢者施設での人的被害発生などをきっかけに,内閣府は「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドラインに関する検討会」を設置した.避難に関する情報について様々な議論が行われ,筆者も参加の機会を得た.内閣府はこの報告も踏まえ,情報の名称変更も含めたガイドラインの改訂を行い1月末に公表した.これまでの「避難準備情報」は「避難準備・高齢者等避難開始」に,「避難指示」は「避難指示(緊急)」となった.
 
 名称は変わるが意味はこれまでと変わらない.「避難準備・高齢者等避難開始」とは,避難に時間のかかる人(お年寄り,障害のある方,乳幼児,外国人など)や危険な場所(土砂災害特別警戒区域や堤防未整備河川の近くなど)にいる人に避難を呼びかける情報だ.他の人も,気象情報などに注意し危険を感じたら自発的な避難行動がのぞまれる.
 
 「準備だけであり避難はしなくてよい」「高齢者向けの情報だから自分には関係ない」などの受け止め方は適切でない.「避難勧告」は避難準備情報段階よりも災害の危険性が高まった場合にすべての人に速やかな避難行動を呼びかける情報,「避難指示」はさらに災害の危険性が高まった場合に直ちに避難行動をとることを強く呼びかける情報である.
 
 避難とは「決められた避難所に行くこと」だけでなく,何らかの手段で安全を確保するという意味である.危険性が急激に高まった場合などは,避難所が未開設でも注意喚起のために避難勧告などを出すこともある.このような場合,避難所でなくても近隣や屋内の安全な場所への移動も避難の一つとなる.決められた避難場所でも,例えば土地が低いため地震時には使用するが大雨時には使用しないと計画されていることもある.日頃の確認が重要だ.
 
 自然災害時には自分自身の判断で避難行動をとることが大原則だ.避難勧告等は様々な情報の一つに過ぎず,情報を元に判断・行動するのは私たち自身である.まずは自宅や仕事先などでどのような災害が起こりうるのかハザードマップなどで確認しておくことが重要だ.その上で,様々な情報や周囲の様子に注意し,危険な状況を少しでも早く察知することが大変重要になる.

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2017年2月16日 (木)

台風10号の岩手・北海道災害-山地河川洪水の教訓

11月24日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.あまりにも遅れての掲載となりました.「避難準備情報がどうこう」というより,山地河川での洪水の恐ろしさを見せつけた災害,目先の事例に引きずられるな,という意図が強くにじんでいます.
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時評=台風10号の岩手・北海道災害-山地河川洪水の教訓
 
 2016年の出水期が終わり,季節的には洪水・土砂災害は一段落の時期となった.11月上旬現在,今年の洪水・土砂災害で最大のものは,8月30~31日にかけて北日本を通過した台風10号による災害となっている.
 
 この災害では,岩手県岩泉町でのグループホームでの高齢者9人死亡の被害が注目されたが,この場所にとどまらずこの事例の人的被害は,主に山地の河川での洪水によってもたらされたことが特徴である.
 
 全国の人的被害は,死者22人,行方不明者5人(10月27日消防庁資料)が伝えられている.筆者の調査ではこれらのうち,洪水(川から溢れた水)によるもの18人,増水した河川に近づいた事によるもの4人,土砂災害によるもの5人という内訳だった.筆者の最近十数年間の風水害犠牲者の調査によれば,洪水による犠牲者は全体の2割であるので,27人中18人(7割)というのはかなり多い割合である.
 
 また,何らかの避難行動をとったにもかかわらず遭難したと思われるものが8人おり,これは2004年以降の風水害では3番目の多さである.避難行動は必ずしも低調ではなかった可能性も考えられる.
 
 山地河川の洪水は,河川の勾配が急なこと,洪水が流れ得る断面積が狭いことから,流速が速くなりやすく,家屋や人に対し大きな被害をもたらしうる.近年では,2011年台風12号災害時の和歌山県那智勝浦町,2009年兵庫県佐用町での災害などが類例である.静岡県内にもこうした河川は少なくない.
 
 山地河川ではハザードマップ整備が進んでいないことも多いが,「山だから洪水は関係ない」などというのは誤解であり,河川付近で,河川と同様な高さの場所は基本的には洪水の影響を受けうると考えた方がいいだろう.
 
 2013年の伊豆大島では火山地帯での土砂災害,2014年の広島では都市近郊の土砂災害,2015年は鬼怒川の平野部河川洪水,今回は山地河川の洪水と,いろいろなタイプの風水害が繰り返されているが,共通しているのは「大局的には,起こりうる場所で,起こりうる現象が発生している」である.「いつ」災害が起こるかの予測は困難だが,「どこで,どんな」災害が起こりうるかはある程度予測可能で,情報も充実しつつある.私たちにはまだまだできることがある.
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2016年9月 9日 (金)

大雨時の避難行動-河川水位情報 活用を

9月8日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.8月末の東北・北海道での豪雨災害発生より前に入稿した原稿ですが,原稿が出る前にまたしても洪水災害発生となってしまいました.岩手県岩泉町の災害に限っていえば,山間部で水位観測所の少ない地域でした.「やっぱり役に立たないじゃないか」ではなくて,行き届いていない地域は当然ありますが,役に立つ地域も多くあるわけですから,「使えない」と決めつけず,活用していくことが重要だと思っています.
 
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時評=大雨時の避難行動-河川水位情報 活用を
 
 昨年,関東から東北の広い範囲に被害をもたらした「平成27(2015)年9月関東・東北豪雨」からまもなく1年となる.この豪雨に伴って様々な災害が生じたが,茨城県常総市(鬼怒川)などでの堤防決壊,各地の河川での越水(堤防がある川で水が堤防からあふれだすこと)など,洪水による災害が目立つ事例であった.
 
 「水につかる(浸水)」現象は大別すると「洪水」と「内水氾濫」の2種類がある.洪水は主に堤防の決壊や河川の水が堤防を越えたりすることにより起こる浸水をさし,内水氾濫は大雨によって地表の水が増えて河川等への排水が追いつかなくなり,側溝などから水があふれ出す浸水を指す.
 
 ただし両者は明確に区別できない場合も少なくない.洪水,内水氾濫ともに浸水による家屋や農地などの被害があるが,洪水の場合は堤防決壊箇所付近での家屋の流失,道路走行中の車や人が流されるなど,より深刻な被害に繋がる場合がある.
 
 洪水は,自分がいる場所を見回している限りでは,「突然水がやってきた」と感じるかもしれない.しかし,何の前触れもなく突然洪水が発生することは考えにくい.大量の降雨→近隣の河川水位が上昇→越水や堤防決壊が発生→浸水開始,というケースがほとんどである.雨や,河川の水位に注意していれば,不意打ちは回避できる可能性がある.
 
 河川水位は重要な情報だが,大雨の中で川にちかづくことは危険で推奨できない.筆者の最近約10年間の調査では,「水田,用水路,川などの様子を見に」でかけて亡くなった人が,全犠牲者の11%にも達する.
 
 水位は主な川の多くの地点で観測されており,国土交通省「川の防災情報」,Yahoo!「天気・災害」,静岡県「サイポスレーダー」などのホームページや,SBSとNHKテレビのデータ放送で見ることができる.主な観測所については,注意する基準の水位が設定されており,たとえば「氾濫危険水位」を超えると,その観測所の周辺で水が川からあふれ出す可能性があることを意味する.
 
 まずはハザードマップで自宅や勤務先付近の浸水の可能性を確認し,大雨の時には河川の水位情報にも目を向けたい.「ここが浸水するとは思わなかった」「突然水がやってきた」といった声は少しでも減らしたい.

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2016年6月29日 (水)

改めて考える地震対策-耐震が一丁目一番地

6月25日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.繰り返し指摘されていることですが,人的被害(最も深刻な被害)は明らかに古い家屋に集中しています.
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 「平成28年熊本地震」発生から約2ヶ月.この間に3回ほど現地を調査で訪れた.地震は私にとって専門外の現象でもあり,いろいろと知らなかったことにも出会った.この地震では,地震そのものによる直接死者・行方不明者が50人に上った.避難生活などに伴う関連死者数はまだ流動的だが,6月14日静岡新聞朝刊では関連死疑いが20人とも伝えられる.
 
 死者・行方不明者が50人以上となった自然災害は,1980年代以降でも本事例を含めて15事例,仮に70人以上では11事例である.50人以上の被害となったことは大変痛ましいが,決して「未曾有」ではなく繰り返し発生している規模だ.日本が厳しい自然環境下にあることにあらためて愕然とさせられる.
 
 現地を見て最も印象的なことは,すでに多く伝えられてはいるが,「激しく倒壊しているのは主に古い家屋である」だった.比較的新しい家屋の倒壊,損壊も見られたが,大局的には古い家屋の被害の方が目立った.
 
 筆者は今回の地震による犠牲者発生状況の調査を進めているが,地震による建物等倒壊に伴って亡くなった方は38人で,そのうち所在家屋が現在の耐震基準とおおむね同等の1980年代半ば以降の新築だった可能性が高いのは今のところ2人(1世帯)である.犠牲者は明らかに古い家屋に集中している.
 
 4月14日の「前震」があり,その直後は避難したが「もう大丈夫だろう」と考え16日夜は自宅に戻り,「本震」で亡くなったことが伝えられている.確かにそうしたケースも少なくないが,ほとんどが古い家屋での犠牲者だったことを考えると,「もう大丈夫だろう」という判断によって厳しい結果となったというよりは,そもそも家屋自体に主な原因があったと考えた方がいいのかもしれない.
 
 いくら一生懸命避難袋を作り,サバイバル知識を身につけ,緻密な津波避難訓練をしていても,古い家屋に居住し地震発生とともに建物倒壊で命を失っては,それらの「備え」は何の役にも立たない.耐震化の支援策も様々用意されている.賃貸であれば「比較的新しい家屋を選ぶ」ことも立派な対策となる.地震対策の一丁目一番地は耐震化である,とあらためて考えている.

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2016年5月13日 (金)

自力避難困難者の支援-助ける側の安全 第一

だいぶ時間が経ってしまいましたが,4月13日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.「避難を支援する=助けに行く」ととらえる事には強い違和感を覚えます.何よりも重要なのは「支援する人」も含めた各自の安全確保だと思います.

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時評=自力避難困難者の支援-助ける側の安全 第一
 
 災害時の「避難」を考える上で,自力避難が難しい人の支援は大きな課題となっている.近年の災害対策基本法改正で,高齢者,障害者,乳幼児など「自ら避難することが困難な者であってその円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要するもの」は「避難行動要支援者」と呼ばれ,行政機関による名簿作成が行われることになった.要支援者支援が必要なことは言うまでもないが,「避難を支援する=助けに行く」ととらえる事には,筆者は強い違和感を覚える.
 
 たとえば,地震災害は地震発生の瞬間に最も危険性が高まるタイプであり,「支援」は,状況が少し落ち着いてから要支援者の安否を確認に行く,といったスタイルが想定される.危険がある程度去った事後の活動が中心である.
 
 一方,風水害や津波災害など危険性が次第に高まっていくタイプの災害では,事前の活動の余地がある.しかし,危険性が高まる前に「助けに行く」活動を完了することはかなり難しい.
 
 「AさんがBさんを支援する」といった計画自体はよいが,これを「AさんがBさんを必ず助けに行く」ことととらえてしまうと,助かることが可能だったAさんまでが犠牲になってしまうことにもつながりかねない.
 
 「要支援者を見捨てるのか」「最後の1人まで見逃すな」といったご意見もあろう.しかし我々は東日本大震災で,消防団員254人,民生委員56人,警察官50人が死亡(消防庁資料など)したという,悲しく厳しい現実を見てしまった.すべてが「要支援者を助けるための犠牲者」とは言えないが,「支援する人」が多数亡くなったことは重く受け止めなければならない.
 
 まず何よりも重要なのは「支援する人」も含めた各自の安全確保である.2006年に全国社会福祉協議会が刊行した「民生委員・児童委員発 災害時一人も見逃さない運動実践の手引」にも「危険な状態の中で要援護者の救援を委員自らが行なうということではありません」とある.災害対策基本法でも「災害応急対策に従事する者の安全の確保に十分に配慮して、災害応急対策を実施しなければならない」とある.
 
 「命をかけて助けに行くことが基本」であってはならない.また,安全確保策は極力制度化しておく必要がある.「支援する人は各自の判断で退避」では「自分の判断で見捨ててしまった」と悔いを残すことになりかねない.簡単なことではないが,理想(形式)に陥らず,現実的な対策の検討が重要だろう.
 

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2016年2月 6日 (土)

災害に伴う犠牲-人ごとでない責任論

だいぶ時間が経ってしまいましたが,1月20日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.なにかというと「ケシカラン」と評論なさっている方々,明日は我が身がされる側かもしれませんよ,という嫌みな内容です.

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時評=自然災害に伴う犠牲-人ごとでない責任論
 
 自然災害に伴う被害で最も痛ましいのは「犠牲者の発生」だろう.自然災害の原因となるハザード(地震,大雨など)は自然の現象だが,ハザードにより生じた「被害」は人間社会の現象である.自然災害に伴う犠牲者は自然の力によるもので誰のせいでもない,という考え方もあるが,一方で,誰かが対応を誤ったために犠牲者が発生したのだ,という考え方もあり,裁判で争われることもある.
 
 たとえば2009年兵庫県佐用町の水害では,避難勧告の発令時刻が遅かったなどとして犠牲者のご遺族の一部が町を相手に損害賠償の訴訟を起こした.結果的に神戸地裁姫路支部は訴えを棄却し,原告,被告ともに控訴せず判決は確定している.
 
 しかし,判決は故意や過失による不当な勧告で被害が生じた場合,自治体側は賠償責任を負うとの判断を示しており,状況によっては責任を問われる可能性が示唆された.
 
 また,東日本大震災に関連してはいくつかの訴訟があるが,宮城県石巻市の私立幼稚園に関わる訴訟では,仙台地裁が「地震発生後に津波に関する情報収集義務の履行を怠った結果,(園児の乗る)バスを眼下に海が間近に見える高台にある幼稚園から海側の低地帯に出発させて園児ら4名の津波被災(死亡)を招いた」などとして,原告の主張を全面的に認める判決を出し,その後控訴審で園側が責任を認め和解となった.
 
 ハザードマップでは津波浸水想定区域からは近いところでも数百m離れた場所にバスを走らせたことなどの責任が問われ,判決はハザードマップで浸水域でなかったとしても大津波警報や高台への避難の呼びかけなどから,危険性についての予見可能性はあったと判断した.
 
 災害時の犠牲者発生と人の対応の因果関係については様々な見方があり,何が絶対に正しいということはない.しかし,「予見可能性」を広めに認め,管理者側の責任を問う判決が出つつあることも現実である.
 
 管理者とは公的機関関係者には限られず,現に前述した訴訟の被告は民間の幼稚園関係者である.企業や各種組織で管理的立場に立つ人は非常に幅広い.
 
 他地域の災害のニュースを見て「悪い奴が責任を取らされるのは当たり前だ」と思っていた当人が,自らの地域での災害後に突然「悪い奴」とされてしまう可能性もある.どのように対応するかは難しいが,このような現実があることは,社会で暮らす我々皆が心にとめておきたい.

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