2019年3月18日 (月)

時評=命つないだ気仙中-津波想定 地道な訓練

3月14日付け静岡新聞に下記寄稿をしました.東日本大震災時の岩手県陸前高田市立気仙中学校の生徒らの避難等に関する内容です.
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時評=命つないだ気仙中-津波想定 地道な訓練
 
 東日本大震災時,岩手県沿岸部のある中学校.校舎は標高約2メートル,河川の堤防脇で河口からは300~400m程度と,ほぼ海岸付近.地震発生直後,生徒らは日頃の訓練やこれまでの地震時と同様に,標高約10メートルの広場へ避難したが,川の水位が下がったのを見てさらに高所を目指し裏山へ避難,林内で場所を変えつつ,近くの公民館に移動し二晩を過ごし,3日目に被害を受けなかった小学校に入った.中学生たちが通っていた3階建て校舎は屋上まで津波に覆われ,学区内では全世帯の79%が全壊,260人が死亡または行方不明となったが,在籍の生徒・教職員約百人は,欠席者も含め全員が無事だった.
 
 「今頃何を言っているんだ,先進的な防災教育が実践されて子どもが助かった有名な話じゃないか」と思われるかもしれない.おそらく多くの人が記憶しているのは,岩手県釜石市鵜住居地区の釜石東中学校の話かと思われる.上記の話はそれではない.岩手県陸前高田市気仙町(けせんちょう)の気仙(けせん)中学校(2018年3月閉校)でのことである.
 
 気仙中の話を見聞きした方は少ないだろう.たとえば朝日,毎日,読売を検索すると,この話を報じる記事は8年間に6件,そのうち全国面記事は2件のみ,静岡新聞では残念ながら確認できなかった.
 
 文科省「東日本大震災における学校等の対応等に関する調査」によれば,ハザードマップなどで津波の浸水が予想されていた場所または実際に津波が到達した場所にあった学校は149校,うち津波による死亡・行方不明の児童生徒がいた学校は20%で,犠牲者の多くは下校中に津波に見舞われたものと記されている.痛ましい被害が生じたことは間違いないが,一方で少なからぬ児童生徒の命が助かった事も忘れてはならないだろう.
 
 気仙中の当時の校長は,津波を想定した避難訓練や津波体験者の防災講話を毎年実施していたこと,生徒達が津波の恐ろしさと避難の大切さを聞かされ続けて育っていたこと,これまでの津波警報等の際にも実際に避難してきたことなどを記している(岩手県教育委員会東日本大震災津波記録誌).気仙中のようなことは,三陸地方では例外的な話ではないと筆者は思う.地道で,息の長い積み重ねが重要ではなかろうか.
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 それぞれのお考えによって,おそらくこの文章を当方の意図とは異なる方向でとらえる方がきっといると想像される話題なので,いくつも注記しておきます.
 
 まず,私は,いわゆる「釜石の奇跡」(その後この言い方が推奨されていないことはよく知っていますがあえて「わかりやすく」するために使います)と呼ばれる事象について否定的な意見は持っていません.また,その立役者とされる当時群馬大,現東大の片田先生に対しても批判的な気持ちは全くありません.片田先生とは20年ほどの付き合いで,私にとって数少ない「価値観を共有し信頼できる災害研究者」であり,「盟友」(私がだいぶ年下ですが)だと思っています.
 
 いわゆる「釜石の奇跡」がよく知られる一方で,あたかも釜石だけで子どもが助かり,他の地域ではそうではなかったかのように思われているのではないか,と感じることがあり,今回の寄稿に至りました.
 
 また,釜石を含め,子どもが助かったケースが少なくないのだから,助けられなかったケースの方はミスである,といった言説に共感するものでもありません.
 
 気仙中学校の状況については,震災発生1カ月後くらいにはあらましのことは耳にしていましたが,これまであまり明示的に文章にしたことはありませんでした.というか,様々な気持ちから,ためらい続けてきました.8年たって,やっとためらいの程度が少し下がったようです.
 
 なお私自身は,震災前,震災後ともに気仙中学校と直接的なかかわりがあったわけではありませんので,同校内のことについては特に知識はありません.
 
 気仙中学校は震災後7年間,別の場所を仮校舎として継続し,2018年3月に閉校しました.一方,震災前に使われていた同校の校舎は,いわゆる震災遺構として保存されることが決まっており,現在も震災発生直後に近い姿を目にすることができます.この場所はいずれ「高田松原津波復興祈念公園」の一角となる見込みです.
 
 なお,私はいわゆる災害遺構の保存については,推進すべきとも,すべきでないとも,どちらとも思いません.多くの人が賛同できるなら残すのもよし,そうでないならば撤去するのもよしだと思います.「災害遺構は当然保存すべきだ,お前らは意識が低い,あとで後悔するぞ」みたいなことを言う「学識者」に対しては怒りを覚えます.
 
 遺構保存には,将来にわたって社会的な負担が生じると予想され,大変な面もあると思います.維持が困難となる局面もあるかもしれませんが,それはそれでやむを得ないかもしれないと思っています.そこにかかわる多くの人たちによって,考えていくしかないだろうと思っています.

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2019年3月 1日 (金)

時評=「想定外」に違和感-乱発せず情報生かせ

1月16日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.「想定外」という言葉についてあらためて考えてみたものです.
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時評=「想定外」に違和感-乱発せず情報生かせ
 「想定外」という言葉を,東日本大震災頃以降よく聞くようになったように思うが,その言葉の使われ方に違和感を覚えることもある.静岡新聞で「想定外」が含まれる記事数を検索すると,2003~2010年は20~82件で平均45件に対し,2011年は274件と急増しその後も毎年100件以上がほとんどで,2011~2018年の平均は131件だった.記事中の出現頻度は確かに増している.
 
 デジタル大辞泉(小学館,年3回更新)によれば「想定外」は「事前に予想した範囲を越えていること」とあり,「想定」は「ある条件や状況を仮に設定すること」とある.なお「想定外」は新語のようで,広辞苑第六版(岩波書店,2008年刊)や明鏡国語辞典(大修館書店,2011年刊)では見出し語に含まれていない.
 
 防災の計画を策定する際,具体的な対応計画のための基礎資料として,何らかの条件を設定してどのような被害が起こりうるかを計算した「被害想定」を作成することがある.「被害想定」で設定した規模を越える現象が発生すれば,それは「想定外」と言っていいだろう.たとえば河川の堤防などの構造物は,大河川では100年に1回程度発生する規模の洪水を想定して設計される事が多い.この規模を越える洪水は「起こり得ない」訳ではなく,必ず起こる.しかしそれに対応する堤防等は広大な土地や巨大な費用が必要となるため,現実的に対応可能な規模の現象を想定して設計されているに過ぎない.
 
 こうした防災計画上の想定を越える現象を「想定外」と呼ぶことに違和感はないが,一方で「想定外」という語が濫発されているのではないかと感じることもある.たとえば,ハザードマップで危険性が示されていた地域で想定規模の現象が起こった際に,その想定を知らなかったからといって「想定外だ」というのは適切ではないように思う.
 
 「温暖化でなにが起こるか分からない」といった声を聞くこともあるが,何もかも皆目見当がつかないわけではなく,過去100年程度の間に起こっていない巨大な現象が近年頻発しているわけでもない.むしろ情報の整備や予測精度の向上で,一昔前より「想定しやすくなっている」面も少なくない.安易に「想定外」と言うことなく,様々な情報を生かしていきたい.

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2018年12月13日 (木)

時評=風水害は、いつ集中?-昼も夜も警戒が必要

11月1日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.思い込みや,「自分の体験」に依拠して防災教えたがる人にもういい加減つかれてきました.

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時評=風水害は、いつ集中?-昼も夜も警戒が必要
  「夜の災害(風水害)が怖い」といった趣旨の話を聞くことがある.たとえば2014年8月22日付朝日新聞社説は「伊豆大島や広島のケースでは、雨が夜更けに強まったことが自治体の対応を鈍らせた」と指摘している.「伊豆大島」は2013年10月,「広島」は2014年8月の豪雨災害を指す.
 
 これが誤りということではない.内閣府の「避難勧告等に関するガイドライン」ではこうした災害の教訓も元に,「夜間・早朝に避難勧告を発令するような状況が想定される場合には、その前の夕刻時点において避難勧告を発令する」など,夜間の災害に注意喚起する記述が見受けられる.
 
 夜間は,寝ている間に急に天候が悪化し「寝込みを襲われる」ことや,就業時間外のため行政機関などの組織的対応に難しさがあること,何らかの対応行動をとるにも暗闇で見通しがきかないなど,災害対応を阻害する要因がいろいろと考えられる.しかし,だからといって夜の災害ばかりを警戒することも適切でない.
 
 筆者の1999~2017年の風水害犠牲者1011人を対象とした調査では,犠牲者発生時間帯は夜間(18~06時)48%,昼間(06~18時)47%,不明5%で,被害の実態としては「犠牲者は夜間に集中している」状況ではなさそうである.夜間の災害対応に難しさがあることは間違いない.しかし,対応が難しいのは夜だけで昼は大丈夫という訳ではない.夜には夜の,昼には昼の怖さがある.
 
 「昼の怖さ」はイメージしにくいが,「無理な行動をとりやすい」面があるのではなかろうか.多くの人が起きて行動している時間帯なので,少し無理をして移動,帰宅しようとして難に遭うケースが見受けられる.また,様々な形で「様子を見に」行って遭難するケースも昼間が目立つ.
 
 平成30年7月豪雨の犠牲者231人については,夜間72%,昼間24%と,夜間の犠牲者が多かった.しかし,少しこまかく見ると18~24時が40%,24~06時が32%であり,多くの人が起きていたと思われる時間帯の被害が多く,「寝込みを襲われる」ケースが多数を占めたわけではないことがわかる.
 
 自然災害には様々な姿がある.特定の事例にもとづく「教訓」ばかりに目を向けるのではなく,広い視野から考えることが重要だと筆者は考えている.

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2018年9月14日 (金)

時評=西日本豪雨の避難情報ー早期勧告 生かされず

 9月5日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.平成30年7月豪雨に関しての「(避難勧告が出ていたのに)避難指示への切り替えが遅い!」という批判に対する違和感を書いたものです.
 
これまでの「時評」記事
 
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時評=西日本豪雨の避難情報ー早期勧告 生かされず
 
 平成30年7月豪雨に関する様々な報道の中で「避難指示が遅かった」といった趣旨の論調が見られたことが気になった.たとえば7月15日付読売新聞は,主に洪水により死者52人(8月14日現在)が生じた岡山県倉敷市の市長記者会見を伝える記事中で「6日深夜から7日未明に出した避難指示の判断が遅かったとの声もあるが、『市として、その時にできる判断をしたと思っている』と述べた」と,やや批判的に報じている.
 
 避難に関する情報は「避難準備・高齢者等避難開始」→「避難勧告」→「避難指示(緊急)」の3段階が用意されている.避難準備は,避難に時間のかかる人や危険な場所にいる人の避難開始を,避難勧告は対象地域全員の速やかな避難を,避難指示は極めて危険な状況であることから直ちに避難を,それぞれ呼びかけるものだ.なお「避難」とは「避難所へ行く」事だけではなく,差し迫る危険から様々な手段で安全確保を図ることを意味する.
 
 避難準備は早期の行動開始を促すいわば予備的とも言える情報だが,避難勧告と避難指示は何らかの安全確保行動の実施を明確に呼びかけるかなり重い情報である.それゆえに,空振りを恐れるなどして避難勧告の発令をためらううちに被害が生じたケースが相次いだことなどをふまえてガイドラインの整備が進み,ここ1,2年は避難勧告が早期に出るようになった.
 
 倉敷市では同市真備地区全域に避難指示を出したのが,堤防からの越流・決壊が生じ始めた後の7月7日01時30分だったことが批判されているが,その数時間前の6日22時にすでに避難勧告は出されていた.
 
 倉敷市のケースは例外的ではなく,今回の豪雨では比較的早期に避難勧告が出されていたケースが他にも見られている.災害後に避難勧告が出ることもしばしばあった数年前と比べれば飛躍的な改善とも思える.この状況下で「避難指示が遅い」と批判するのは,避難勧告の軽視のようにも感じられる.
 
 気象情報や避難の情報は,その精度を高める,早期に出すなどの改善を図っても,情報の受け手である我々国民が活用しなければ効果を発揮しない.被害軽減のために,我々自身も最善を尽くすことの重要性がますます高まっているのではなかろうか.

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2018年7月 6日 (金)

時評=災害時の安全確保-状況応じた避難が鍵

7月5日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.「避難場所を覚えろ」といった声や,避難所への誘導がりをしたがる人に対する違和感を記事にしたものです.
 
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時評=災害時の安全確保-状況応じた避難が鍵
 
 「避難場所を覚えましょう」とよくいわれる.間違いとは言わないが,危ない面があると常々違和感を持っている.
 
 「避難とは避難場所へ行くこと」との単純な理解に様々な問題があることが近年指摘されている.内閣府「避難勧告等に関するガイドライン」では,「『避難行動』は、数分から数時間後に起こるかもしれない自然災害から『命を守るための行動』である」とし,形態として,①指定緊急避難場所への立退き避難,②「近隣の安全な場所」への立退き避難,③「屋内安全確保」を挙げている.命を守るための行動が重要であり,「避難場所へ行くこと」はその手段の一つに過ぎない.
 
 「避難所」の意味についても整理が進んでいる.現在の制度では,指定避難所「災害により住宅を失った場合等において一定期間避難生活をする場所」,指定緊急避難場所「切迫した災害の危険から命を守るために避難する場所」の2種がある.「命を守るための行動」で向かうのは主に指定緊急避難場所と言えるが,指定避難所と指定緊急避難場所が位置的に同一なことも多く,「避難所へ行くのは間違い,指定緊急避難場所へ行きなさい」とは単純に言えない.
 
 災害の種類により適切な避難場所が異なることも要注意.例えば低い場所の平屋や広場は,地震災害時ならばよいが大雨時の適切な避難場所とは言えない.各避難場所は,どの災害時に使うかが決められている事が多い.「避難所か,指定緊急避難場所か」より,「その避難場所はどの災害時に使うのか」を知る方が重要だ.
 
 そもそも避難の意味が災害によって異なる.地震災害では基本的に事後避難となる.自宅で暮らせなくなった場合に避難するのであり,自宅が健全ならば避難所へ行く必要もない.津波の場合は避難場所かどうかに関わらず,少しでも速く高いところへ移動することが重要.洪水や土砂災害では場所や状況により話がかなり変わる.また,災害種別ごとに指定された避難場所でも,予期せぬ危険に見舞われることもある.避難場所で安心してしまわず,状況を見つつの判断も重要だ.
 「避難場所を覚える」ことよりは,「避難の仕方を覚える」ことの方が,いざというときに応用が効くのではなかろうか.

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2018年5月14日 (月)

時評=土砂災害-「前兆」頼りすぎるな

5月9日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.何回かツイートしている件を文章化したものです.添付の図は参考のためにつけたもので,紙面には掲載されていません.
 
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時評=土砂災害-「前兆」頼りすぎるな
 
 土砂災害が発生する際には,「前兆現象」があるので注意せよ,といった話をよく聞く.このこと自体は何も間違った話ではない.たとえば,平成29年5月12日付の政府広報オンライン「土砂災害のおそれのある区域は全国に約67万区域!」の中では,前兆現象として,「がけから水が湧き出る」「山鳴りがする」「急に川の水が濁り、流木が混ざり始める」「腐った土の匂いがする」「降雨が続くのに川の水位が下がる」など(一部抜粋)が挙げられている.しかし,こうした「前兆」に頼りすぎると,かえって危険である.
 
 これら現象を「前兆」のほとんどは「すでに山のどこかが壊れはじめている」ことに起因するものである.たとえば「腐った土の匂いがする」は,斜面が崩壊して攪拌された土砂の匂いが漂ってきたものであり,「急に川の水が濁り、流木が混ざり始める」は,崩壊した土砂が河川に流れ込み,土石流となって動き始めていることを示唆する.すなわちこれらは,「前兆」というよりは「発生」を示す現象と理解した方が適切である.
 
 土石流の速度は概ね時速20~40km前後,流れる距離は数百~数千m程度が目安である.仮に時速40kmとすれば1分間で667mを流下する.ということは,なんらかの「前兆」を覚知しても,残された時間は秒単位しか期待できない.「前兆」と聞くと,それを待って行動開始すれば良いかのような印象が持たれるが,実際に使える時間はほんのわずかである.「前兆」覚知後の行動開始では,手遅れとなることが懸念される.
 
 なお,「地すべり」と呼ばれる現象では,斜面全体がゆっくり(基本的には1日数cm程度)と動きはじめ,やがて大きく動くことがある.この場合は「地面がひび割れ・陥没」などの「前兆」が確認され,監視・対策がとられうる.2013年4月の浜松市天竜区春野町での地すべりもこのような経過をたどった.地すべりの場合「前兆」は有効と言っていい.しかし,大雨に起因するがけ崩れや土石流は,話が全く異なる.
 
 大雨に起因する土砂災害の「前兆」なら,基本に立ち返り「いつもと違う大雨」「ただならぬ増水」に目を向けて欲しい.これらの情報は,その場で目で見るばかりでなく,テレビやネットでも確認できる.

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2018年3月28日 (水)

時評=「初めてだ」と言う前に-長い視野での考察を

だいぶ経ってしまいましたが,1月18日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.
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時評=「初めてだ」と言う前に-長い視野での考察を
 
 社会的な注目が集まるような規模の自然災害が発生すると,「こんなことは初めてだ」といった声をしばしば聞く.そんなことはあり得ないとまでは言わないが,「初めてだ」と受け止める前に,立ち止まって考えてみたい.
 
 「(私自身が現実に経験した範囲では)こんなことは初めてだ」という話であれば何も違和感はない.我々自身が人生で経験することはごくわずかなことであり,その人生の中で実際に自然災害に見舞われるケースは稀である.
 
 たとえば筆者の調査によれば,2004~2016年の13年間に風水害による死者・行方不明者(以下では「犠牲者」)が生じたのは261市町村,1年あたり平均20市町村ほどとなった.これは2010年現在の区割りで計算したので,同年の全市町村数1727に対しては1.1%ほどに相当する.自分が住む市町村内で1年間に犠牲者が発生するような風水害に見舞われない可能性(確率)が99%程度と言えそうである.
 
 これを参考に簡単な計算をすると,「見舞われない確率」は50年間では約61%,100年間でも約37%となる.あくまでもこれは大雑把な計算であり,何%という数値には意味が無い.ただ,我々一人一人が身近なところでまとまった規模の風水害に見舞われることは,かなり限定的とは言えそうである.
 
 一方,同じデータを日本全国で俯瞰すれば,毎年20市町村程度で風水害による犠牲者が発生している,と読むことができる.毎年,日本国内のいくつかの場所で,犠牲者を生じる規模の風水害が発生することは「初めてだ」どころではなく「当たり前」と考えなければならない.また,それは最近になって始まったことではなく,これまでも繰り返されてきたことである.
 
 消防庁の資料をもとに集計すると,2017年の風水害による犠牲者は58人となった.これは先にも挙げた2004年以降の14年間では多い方から6番目で,格別多い訳ではない.たとえば1950~1960年代には1年間の自然災害(ほとんどが風水害)犠牲者が千人を超える年も珍しくなかった.過去には様々な災害が繰り返し発生しているが,我々はそのことを忘れてしまいがちなのかもしれない.人と比べ,自然は時間も空間もスケールが大きい.直近の災害ばかりに目を向けず,長い視野で考えていきたい.

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2017年12月26日 (火)

時評=完全でないハザードマップ-知見基に有効活用を

だいぶ経ってしまいましたが,10月25日付け静岡新聞「時評」欄に下記記事を寄稿しました.九州北部豪雨を経ての,「ハザードマップの限界」について思うところです.
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時評=完全でないハザードマップ-知見基に有効活用を
 
 「ハザードマップ」とは,例えば国語事典(大辞林第三版)では「地震・台風・火山噴火などにより発生が予測される被害について、その種類・場所・危険度などを示した地図。災害予測地図」とある.洪水,土砂災害のハザードマップは法的に公表が義務化され,津波,火山などについても整備が進み,身近な存在になりつつある.地域の災害特性を知る上で極めて有用な基礎資料だが,様々な課題もある.
 
 ハザードマップ作成時には,災害を引き起こす現象を予想し,その影響を計算で求めることが一般的だ.たとえば「この範囲に,このような雨が降ったら,この地点での水位はこれくらい」といった計算が可能になっているが,「このような雨」の想定が極めて難しい.雨量,継続時間などの前提が少し異なれば「この地点での水位」は大きく変わってしまう.このため,「精密な計算」を行っても「正確なハザードマップ」を作ることは不可能である.示された数値等を細かく読み取って覚えたりすることは適切な使い方ではない.
 
 ハザードマップで「色が塗られているところは何らかの災害が起こりうる」と考えて差し支えない.しかし「色が塗られていないところは安全な場所」と考えるのは適切でない.
 
 たとえば,地形的に土砂災害が起こりうる場所であっても,住家等がなければ土砂災害警戒区域等には指定されない.「急斜面沿いの道だが土砂災害警戒区域ではないので安全が保証されている」などという考えは適切でない.急斜面や山地の谷筋は基本的に土砂災害に要注意である.
 
 洪水の浸水想定区域は大河川の氾濫を想定したハザードマップ整備が進んでいるが,特に山間部の中小河川については様々な困難があり,地形的に洪水が起こりうる場所でも浸水想定区域となっていないことが少なくない.今年7月の九州北部豪雨では,こうした場所で多数の犠牲者も生じている.河川と高さの変わらない場所は,基本的に洪水の影響を受けうると考えた方が良い.
 
 ハザードマップは有効な情報だが,完全なものではない.ハザードマップを活用していく際には,発行している自治体など,技術的な知見を持った人たちと情報交換を行っていくことも重要だろう.

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2017年8月21日 (月)

時評=災害時の行方不明者-「匿名化」行き過ぎでは

8月10日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.この問題はいろいろな考え方があり,難しいものです.
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時評=災害時の行方不明者-「匿名化」行き過ぎでは
 
 7月5日~6日にかけて発生した『平成29年7月九州北部豪雨』により,福岡県,大分県で36人の方が亡くなり5人が未だ行方不明である(8月3日消防庁資料).これは現在進行形の事実だが,最近こうした情報を扱うことが難しくなっている面がある.
 
 自然災害に伴う死者数(直接死)と行方不明者数の合計は,発災直後は情報が集まらない,重複計上されるなどして次第に増加するが,ある時点で最大となった後は,状況の判明に連れて減少するという形がこれまでは一般的だった(ただし関連死者数は増加する).「ある時点」は近年の風水害では概ね数日後だが,東日本大震災では約1ヶ月後だった.
 
 ところが近年,「行方不明者」という情報が不明瞭になりつつある.たとえば2016年台風10号による岩手県の災害では,消防庁公表資料に「行方不明者7人」が初めて示されたのは発災9日後の9月8日,うち6人は氏名が公表されなかった.平成29年7月九州北部豪雨ではさらに対応が慎重になり,消防庁公表資料に「行方不明者7人」と初めて示されたのは発災15日後の7月20日であり,氏名は全員公表されなかった.
 
 災害時の行方不明者に関する情報公表が法律で禁じられているわけではない.個人情報保護法では,本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないとされているが,「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」などは除外される.
 
 「行方不明者」として氏名などが公表されたことで,様々な事情で周囲に所在を知られたくない人の情報が明らかになってしまうといった懸念は確かにある.一方で,氏名が公表されないことにより安否確認がスムースに進まないといった問題もある.長期的に見ると,重大な被害情報である「人的被害」についての記録,教訓が後世に残らないといった側面もある.
 
 関係者が公表を強く拒んでいる場合などに無配慮な対応はあってはならないが,だからといって近年のあり方は少し行き過ぎではなかろうか.直接当事者となる市町村だけでは決められない問題でもある.難しい問題ではあるが,社会全体で議論していく必要があると筆者は考える.
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この話題については,岩手日報による興味深い企画記事もあります.
 
岩手日報企画・特集 「あなたの証し 匿名社会と防災」
 
平成29年7月九州北部豪雨を受けて,西日本新聞も関連記事を出しています.
 
不明者名公表に基準なく 災害時、自治体判断割れる 専門家「明文化が必要」

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2017年5月 5日 (金)

時評=避難準備・指示の名称変更-情報の意味考えたい

3月2日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.だいぶ時間が経ってしまいましたが,記録として掲示しておきます.
 
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時評=避難準備・指示の名称変更-情報の意味考えたい
 
 昨年の台風10号災害時の高齢者施設での人的被害発生などをきっかけに,内閣府は「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドラインに関する検討会」を設置した.避難に関する情報について様々な議論が行われ,筆者も参加の機会を得た.内閣府はこの報告も踏まえ,情報の名称変更も含めたガイドラインの改訂を行い1月末に公表した.これまでの「避難準備情報」は「避難準備・高齢者等避難開始」に,「避難指示」は「避難指示(緊急)」となった.
 
 名称は変わるが意味はこれまでと変わらない.「避難準備・高齢者等避難開始」とは,避難に時間のかかる人(お年寄り,障害のある方,乳幼児,外国人など)や危険な場所(土砂災害特別警戒区域や堤防未整備河川の近くなど)にいる人に避難を呼びかける情報だ.他の人も,気象情報などに注意し危険を感じたら自発的な避難行動がのぞまれる.
 
 「準備だけであり避難はしなくてよい」「高齢者向けの情報だから自分には関係ない」などの受け止め方は適切でない.「避難勧告」は避難準備情報段階よりも災害の危険性が高まった場合にすべての人に速やかな避難行動を呼びかける情報,「避難指示」はさらに災害の危険性が高まった場合に直ちに避難行動をとることを強く呼びかける情報である.
 
 避難とは「決められた避難所に行くこと」だけでなく,何らかの手段で安全を確保するという意味である.危険性が急激に高まった場合などは,避難所が未開設でも注意喚起のために避難勧告などを出すこともある.このような場合,避難所でなくても近隣や屋内の安全な場所への移動も避難の一つとなる.決められた避難場所でも,例えば土地が低いため地震時には使用するが大雨時には使用しないと計画されていることもある.日頃の確認が重要だ.
 
 自然災害時には自分自身の判断で避難行動をとることが大原則だ.避難勧告等は様々な情報の一つに過ぎず,情報を元に判断・行動するのは私たち自身である.まずは自宅や仕事先などでどのような災害が起こりうるのかハザードマップなどで確認しておくことが重要だ.その上で,様々な情報や周囲の様子に注意し,危険な状況を少しでも早く察知することが大変重要になる.

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