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2010年9月20日 (月)

岐阜などでの豪雨に関するコメントが朝日新聞に掲載

9月9日付け朝日新聞(名古屋朝刊)に,当方のコメントが掲載されました.コメントが短いので,「住民は努力すべきだ」と言わんばかりの内容になっていますが,あまり本意ではありません.また,手の打ちようのない豪雨災害であったようなニュアンスも気になります.

7月の八百津での豪雨災害については,土砂災害の危険性を警告する土砂災害警戒情報は,人的被害が発生する時間よりかなり早い時期に出されており,現場は急傾斜地崩壊危険箇所です.「想定」がどうのこうのというのであれば,十分「想定内」の現象であり,手の打ちようがなかったかのように言うのは賛同できません.

住民「のみ」に負担を強いるつもりはありません.地域全体が情報を活用しなければならないと考えています.

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(東海豪雨から10年:上)防災対策、追いつかず 「想定外」遅れる勧告 【名古屋】

 雨音が激しさを増す。パソコン画面に映し出された網目状の地図は次々と茶色に染まっていった。「土砂災害警戒情報ポータル」の危険度が最も高い、レベル4に達した。
 7月15日午後8時20分、岐阜県八百津町の町役場。2階の防災安全対策室から係長の大鋸(おおが)悟さんが3階の対策本部に駆け上がった。
 「危険レベルが上がりました」
 「避難所は大丈夫なんだな」。赤塚新吾町長が念を押す。20分後、該当する3地区に避難勧告を出した。
 ほぼ同じ時刻、役場から2キロほど離れた野上地区で、1軒の民家が土砂に押しつぶされた。3人が亡くなった。避難勧告は間に合わなかった。
 町は、雨量によって危険性がわかる土砂災害警戒情報に基づき、避難所を設けた。「避難準備情報」も出した。そして避難勧告も発令した。いずれも災害に備えて町がつくったマニュアルに従った。
 「もっと早く避難勧告を出すべきだったのでは」という批判が寄せられた。大鋸さんは「残念だったが、できることはやったと考えている。ただ勧告を出すような雨は経験がなかった」と振り返る。
 大きな災害とは無縁に近い小さな町。この日の降水量は238・5ミリと観測史上最高だった。
 豪雨が増えている。「傘が役に立たない」と言われる1時間に50ミリ以上の雨が降った回数は、全国で30年前の1・5倍に。観測地点も激増している=グラフ参照。
 これに対して、土砂災害警戒情報や指定河川洪水予報、市町村ごとの警報など、市町村が、県や国から得られる情報は10年間で飛躍的に増えた。住民を避難に導くための基準やマニュアルも設けるようになった。
 東海豪雨で、約4千戸が浸水被害を受けた愛知県の旧西枇杷島町(清須市)は当時、「河川の水が堤防を越えた」という現場の職員からの連絡を受けて避難勧告を出した。「今の基準に照らせば、当時より3時間早く勧告を出せる」と同市の担当者。
 ただ想定通りにはいかない。2008年の「8月末豪雨」で、愛知県岡崎市は午前2時に出した全世帯への避難勧告の遅れを批判された。判断基準にしていた大河川の水位は異常を示さず、急激な降雨量で基準にしていない中小河川が、あふれてしまったのだ。
 八百津町は岐阜県の豪雨災害検証委員会に出した「自己検証」で、こう書いた。「マニュアルに従った運用は、局地的豪雨では難しい」
 避難勧告は必ずしも避難行動にはつながらない。
 7月の岐阜県の豪雨で勧告や指示を受けた人のうち、実際に避難した人は死者が出た岐阜県八百津町で1・2%。避難しない理由を、6割が「しなくてよいと自分で判断した」と答えた(県調べ)。
 8月末に開かれた県の検証委員会。県幹部は「市民も進んで情報を取りにいってもらえれば」と被災を防ぐために住民自ら行動することの重要性に触れた。
 静岡大防災総合センターの牛山素行(もとゆき)准教授は「人は必要性を納得できなければ避難へと行動しない。そのためにも、住民は日頃から地域に具体的にどんな危険があるのかを知っておくことが必要だ」と指摘している。

<後略>

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