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2011年3月27日 (日)

研究室が移転します

当研究室の所属する防災総合センターは,明日3月28日に学内で場所が移転となります.これまで,防災総合センターとはいっても,林研究室と当研究室の2室があるのみで,しかも全く別の建物に所在していたのですが,それが学内の「大学会館」という建物に統合されます.同時に,研究室5室,事務室1室,セミナー室1室となり,実は床面積はそれほど変わらないのですが,一応ひとまとまりの「センター」としての格好が整うことになります.

電話番号,メールアドレス等は一切変更になりません.

移転に伴い,28日いっぱいは完全に連絡が取れない状態となります.また,たまたまですが,29日から1日の間,東北の現地踏査に行きますので,4月2日まで牛山には連絡が取りにくい状態となります.ご了解いただければ幸いです.

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2011年3月26日 (土)

防災情報による津波災害の人的被害軽減に関する実証的研究,

今となっては空疎なタイトルですが,筆者はかつてこのような論文を書いています.

牛山素行・金田資子・今村文彦,2004:防災情報による津波災害の人的被害軽減に関する実証的研究, 自然災害科学,Vol.23, No.3, pp.433-442.
http://disaster-i.net/notes/2004JSNDS-tsunami.pdf

筆者が近年行っている,豪雨災害時の犠牲者に関する研究の原点的な研究です.

この論文では,1983年日本海中部地震と1993年北海道南西沖地震による津波犠牲者を対象に,「早期に情報が提供され,理想的な避難行動が行われたらどの程度の犠牲者が軽減できた可能性があるか」を推定しました.その結果,軽減できた可能性がある犠牲者は,日本海中部の場合23名(全犠牲者の23%),北海道南西沖では12名(同16%)と,かなり限定的であるということになりました.

この主な理由は,地震発生時に犠牲者がいた場所と,安全圏と思われる場所の距離が離れている犠牲者が多く,早期に避難しても結局間に合わなかったと推定されるケースが多かったことによります.日本海中部では津波到達時間が地震後十数分,南西沖では5分程度と,リードタイムが短かったためにこのような結果となっているとも言えます.

今回のばあい,リードタイムがどの程度かはまだよくわかりませんが,例えば陸前高田市の場合,現場に遭遇した岩手日報記者の記事(3/13付)によると,15時25分に市役所から「高田松原の水門を津波が越えました」のアナウンスがあったとのことなので,致命的な津波の到達までのリードタイムは陸前高田では約40分(2400秒)あった事になります.

上述の論文で用いた,徒歩による津波避難に要する時間を計算する式に当てはめると,40代の人で3350m,60代以上でも1320mの避難が可能という結果になります.陸前高田で見れば,津波の到達した高田小学校付近から,市街地と高田松原の境目に位置する国道45号バイパスあたりまででも道路沿いに計測して1300mくらいですから,計算上は市街地のほとんどの人に有効なリードタイムがあったということになります.

しかし,実際には多くの人が犠牲となっています.上記の推定では,避難開始までの所要時間を2分として計算していますが,実際にはこの時間がもっと多くかかったのかも知れません.また,車での避難も広く行われており,その結果として渋滞の発生もあったようで,こういった影響もあるでしょう.

【追記】

書き落としましたが,時間の問題だけではなく,範囲の問題もあります.「ここまで来れば大丈夫」と考えられていた場所を大きく越えるところまで津波が来たわけですから,単純に「逃げ遅れ」で片付けられることではありません.リードタイムがあったということは「できることはまだあった」ということになりますが,ではこの津波が起こる前の時点でその「できること」を計画し,推奨できる人がいたかどうかは,極めて疑問です.

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何が正しいかわからない問題

3月21日付朝日新聞「オピニオン」面に掲載された,陸前高田市長のコメント.

情報はあくまで推測だということが分からないと、こういう大惨事になってしまう」の部分はまさに教訓で,今後我々が努力していかなければならないところです.

しかし,声を掛け合っているうちにやられてしまった,という下りは,市長のコメントにもあるように,「何が正しいのか誰にもわからない」点です.わからなくても当たり前.唯一の正解がないのが防災対策というもの.と,いうことは理屈ではわかっていて私も偉そうに言いますが,ではモアベターは何なのか.

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<前略>

 津波対策として、津波被害の予想を示したハザードマップ、浸水マップも各家庭に配っていた。「津波が起こった場合は最悪この辺まで水がいきますよ」という区域を地図上に落としていた。
  こういうものも大切なんですが、「最悪でこれなんだ」と示されてしまうと、それが頭に入っている人たちはそのエリアから抜ければ大丈夫と思ってしまう。今 回はその区域を越えて水が襲ってきました。情報は欲しい、でも情報はあくまで推測だということが分からないと、こういう大惨事になってしまう。
 陸前高田市には、高さ約6メートルの防潮堤などがあります。今回の津波は、その上を越えました。では、防潮堤が10メートル以上あればいいのかと言えば、刑務所の塀じゃないんですから。景観にも配慮しなければいけない。その上で、住んでいる人の安全も守らなければいけない。
     *
 我々はそれぞれの地域で自主防災組織をつくっていました。津波がきたらどう行動するか、どこに逃げるか、隣のおじいちゃん、おばあちゃんにも声をかけるとか、ルールが決まっています。今回はそれをやっている間に津波が来て、多くの命が失われたというふしもある。
 でも、それが悪いんじゃない。自分の命が大事だからと若い人たちが勝手に逃げて、高齢者を置き去りにしていいのかと言えば、それもまた違う。何が正しいのかは誰にもわからないんです。
 私の妻も行方が分かっていません。地域で集まろうとしているうちに、津波にあってしまったようです。私は職員とともに市役所の屋上に上り、ぎりぎりで逃れました。

<後略>

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2011年3月25日 (金)

津波テンデンコ

逃げ遅れか…地震死者、60歳以上が65% (読売新聞)
http://t.co/Ij9dJ4F

この読売の記事中の河田先生のコメント「高齢者は健康体でも若者に比べて動きが遅く、津波などの災害では逃げ遅れる事例が多い。データからは、高齢者に対して、行政による避難誘導のあり方を見直し、近所の若者による手助けが必要だという教訓が導き出される」に考えさせられています.メディアで伝えられる「有識者のコメント」は本人がいった内容を正しく伝えていないことも少なくないので,河田先生のコメントと言うより読売の記事としてとらえています.

避難の際に,要援護者の支援が重要,ということは近年よく言われ,そういう趣旨での避難訓練も行われています.しかし,1人の要援護者を支えるのに4人の人手が必要,といった対応が現実にできるのか,という認識も訓練の中からは出ていたのではないでしょうか.

津波からの避難は分単位の時間との勝負であることは間違いなく,この点は他の災害と少し異なる特徴です.「津波テンデンコ」を現代日本で現実に見ることになるとは思っていませんでしたが,直視しなければならない現実です.

津波テンデンコについてはこの記事を
http://goo.gl/V5eDT

下に着けた記事のような現実もあります.

強いて前向きな話をするのであれば,要援護者の居住する場所は,確実に安全な場所にシフトさせていく,ということでしょう.

要援護者を見捨てろと言うのか!,たすけあいが重要じゃないのか!,自助共助が重要だっ!,といった感情論ではなくて,現実を見据えた議論が必要なのだと思います.

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岩手日報・被災地ニュース
http://bit.ly/ekWJQa

【陸前高田】強く叫んでいれば… 消えぬ自責の念

 小さな亡きがらを抱きしめ、小島幸久さん(39)=陸前高田市高田町=は泣いた。最愛の一人娘、千空(ちひろ)さん(7)、妻紀子さん(38)をはじめ、父も母も全て東日本大震災の大津波に奪われた。消防団員として住民の避難誘導を優先し、家族のそばにいられなかった。「強く避難しろと叫んでいれば」。やり場のない自責の思いに押しつぶされそうになる。
 被災から7日目の17日午後3時すぎ。陸前高田市高田町で、乗用車から複数の遺体が見つかった。消防団員として住民の捜索活動を進めていた小島さんに知らせが入り、現場に向かった。
 自宅から少し離れた場所。物言わぬ千空さん、紀子さん、父捷二さん(69)、母キミさん(62)がいた。近所の2人も一緒だった。
 眠っているようにも見えた。目を覚ましてほしい。妻子を抱きかかえたが、全身の力が抜けていった。
 高田小1年の千空さんは明るくて負けず嫌い。ダンスが上手で、水泳や生け花も習っていた。「思い出して眠れない」。愛らしい笑顔はもう戻らない。
 11日午後2時46分。電気店を経営する小島さんは、自宅から少し離れた住宅新築現場で作業中に大きな揺れを感じ、その場を飛び出した。
 津波警報のサイレンが鳴る。消防団活動の準備のためにいったん、自宅に戻った。「2階のテレビは守ったよ」と紀子さん。
 「靴下取って」
 小島さんはぬれた靴下を交換し、すぐに消防団の持ち場に向かった。紀子さんとの最後の会話になった。
 避難所での対応に追われたその夜、家族の消息がつかめなかった。知人からも「見てないぞ」と情報がない。津波に流される自宅は高台から見ていた。まさか。不安に駆られたが、無事を信じて捜索活動に没頭した。
 「避難しろ」とは言わなかった。自宅は海岸から約1キロ離れ、裏手はすぐ高台。「ここまで津波が来るなんて…」と自分を責めた。
 「近所の一人暮らしのお年寄りも心配で、一緒に乗せたんだろう。もう少し早く家を出ていれば。もう少し、津波が遅ければ。俺がもっと強く避難しろと言えば助かったかもしれない」とうつむく。
 小島さんは、大震災から連日、消防団としての責務を果たしている。24日も捜索活動と遺体収容に取り組んだ。「仲間がいるから壊れないでいられる」。はんてん姿の男たちが支え合っている。

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チリ津波の記憶、避難遅れを招いた?

3月25日付読売新聞.

確かにこういう側面もあるのでしょう.一方で,過去の記憶がプラスに働いた面もあるはずです.高齢者の犠牲が多かったことは,他の報道でも指摘されているように,体力的な問題に起因するとも解釈できるので,高齢者の犠牲が多かったのはチリ津波の記憶があるからだという推論は適切とは思えません.

筆者の調査では,津波警報が出されたときに「すぐに避難する」率は60歳以上の方が50代以下と比べて高いといった集計結果もあります.高齢者は逃げない(逃げられないではなく)という傾向が明瞭にあるとは思えません.

このあたりを客観的に明らかにする方法はあることはありますが,今回の災害では,そういった調査を実施することが非常に難しいであろう事が予想されます.

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チリ津波の記憶、避難遅れを招いた?

読売新聞 3月25日(金)16時31分配信

 身元が判明した死者のうち6割が60歳以上だったことが分かった東日本巨大地震では、「余裕があっても逃げなかった高齢者がいた」という証言が目立つ。体力的な問題に加えて、過去の津波の経験が避難の遅れに結びついた可能性もある。

 約140世帯、350人が住む大船渡市大船渡町の川原地区では約20人の死者・行方不明者が出ており、大半が高齢者という。

 同地区の民生委員、木下正弘さん(65)は、地震直後から地区内を回り、「津波が来る。すぐ逃げろ」と呼びかけ続けた。津波襲来までは約30分ほどの時間があったが、その間、避難せず、道ばたで海の方を見たり、話し込んだりするお年寄りの姿を何人も見たという。

 同地区では1960年のチリ地震でも津波があったが、今回はその到達点をはるかに超える津波が町を襲った。木下さんは「昔の記憶が油断を招いた可能性がある」と言う。木下さんの呼びかけを受けて避難した女性(79)は、「チリ地震の時はそれほど大したことなかったので、今回もあまり心配しなかった。同年配で逃げ遅れた人は多いと思う」と話した。

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機転きかせて避難、全校無事 大船渡小と越喜来小

3月23日付岩手日報

マニュアルにとらわれない判断,がまさに生死を分けています.大船渡小は校庭の標高が10m未満で,かならずしも「絶対大丈夫な高台」とまでは言えない立地ですが,それは今だから言えることでしょう.

越喜来小学校も校庭の地盤高は5m前後.事後の空中写真では津波到達が明確に見えます.記事中の南区公民館までは写真からは到達していないと読み取れますが,少しでも高所に向かったことは当然適切な行動です.

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機転きかせて避難、全校無事 大船渡小と越喜来小

 津波襲来時、大船渡市の大船渡小(柏崎正明校長、児童268人)と越喜来小(今野義雄校長、同73人)は状況に応じた対応で、児童全員が生き延びた。事前の想定を大きく上回る津波を前にマニュアルにとらわれない学校の判断が、児童の命を救った形だ。

 越喜来小は第1避難所に三陸駅、第2避難所に南区公民館を設定。通常は揺れが収まってから避難するが、今回はあまりにも揺れる時間が長すぎた。細心の注意を払いながら、揺れている間に避難を開始した。

 大津希梨さん(4年)は「大きな揺れのときにしゃがみ、小さい揺れのときに急ぎ足で逃げた。揺れが止まるのを待っていたら波にのまれたかもしれない」と振り返る。

 大きな揺れに泣きだす子もいたが、昨年整備した県道との連絡通路などを使って避難。校舎を破壊する津波の猛威に危険を感じ、南区公民館からさらに背後の山に登らせた。

 遠藤耕生副校長は「津波到達まで30分ないと想定すると、揺れが収まってからでは間に合わないと思った。校舎が壊れることも考えた」と説明する。

 大船渡小は学校が近所の住民も逃げてくる避難場所。11日も地震発生後、児童はマニュアル通り校庭へと避難した。

 ところが、津波が街をのみ込みながら、迫るのが校庭から見えた。柏崎校長はさらに高台にある大船渡中への移動を決断。児童は校門より山手のフェンスをよじ登り、1、2年生は教職員が持ち上げた。全児童が避難後、津波は校庭をのみ込み校舎1階に浸入した。

 柏崎校長は「まさか地域の避難所であるここまで津波が押し寄せるとは。それでも児童は冷静に行動した」と語る。

【写真=津波で校舎が3階まで破壊された越喜来小。避難開始の判断が児童の命を救った=大船渡市三陸町越喜来】

(2011/03/23)

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気仙中学校の避難状況

関心を持った記事をコメント付きでクリップしていきます.既にツイートしたものもあります.

気仙中学校は気仙川河口脇に立地.「近くの公民館」は隣の地区の二日市公民館かと思われる.あらかじめ決めていた避難場所ではないはずで,迅速な全員避難にほっとする.

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東日本大震災:「必ず卒業式を開く」 陸前高田の中学教諭が誓い /岩手

 壊滅的な被害を受けた陸前高田市気仙町唯一の中学校、市立気仙中は校舎が倒壊し、15日に予定した卒業式を開くめどが立たないでいる。廃虚と化した同校に卒業アルバムなどを探しにきた同校の中里勝明教務主任(48)はぼうぜんと学校跡地を見つめていたが、「何カ月、何年たったとしても必ず卒業式を開く」と誓った。

 11日午後2時40分ごろ、3年生25人は体育館で卒業式の予行練習をしていた。午前中には卒業アルバムも届き、あとは式を待つばかりだった。そこに突然の地震と津波。生徒と教員は早い段階で近くの公民館に逃げ込み全員無事だったが、津波は卒業証書、卒業アルバムを、生徒たちから奪い去った。

 一部の生徒は今も避難所で過ごしている。おもしろい話で避難所に明るい雰囲気を作り出すムードメーカーばかりだ。

 3年生の副担任、蒲生正光先生(46)は、25人の生徒たちを「このつらさを乗り越えられる。その時は手作りでも卒業証書をあげたい」とほほえんだ。卒業予定の佐藤駿さん(15)は「卒業アルバムは流されたけど、この地震で仲間がいる幸せを知った。今心にある思い出をいつかみんなで形にしたいです」と話した。【石山絵歩】

毎日新聞 2011年3月15日 地方版

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「地震→校庭に避難→点呼」という訓練は見直そう

3月25日付朝日新聞

安全だったはずの小学校 思い出の品、今も捜す校長
http://t.asahi.com/1res
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 北上川沿いに立っていた宮城県石巻市立大川小学校。津波は川をさかのぼり、子どもたちをのみ込んだ。「あの日」から、2週間。多くの児童と教員を失った校長は、子どもの姿を求めて避難所を回り、全壊した校舎を訪れては、思い出の品を今も捜している。
 児童108人のうち、無事が確認されたのは31人。21人は遺体で見つかり、56人は安否が分かっていない。学校にいた教職員11人のうち、助かったのは男性教諭1人だけだった。柏葉照幸校長(57)は午後から年休で不在だった。
 地震のあと、子どもたちは通学用のヘルメットをかぶり、校庭に整列していた。「点呼をしていた。避難しようとしてたんじゃないか」。地震の後、2人の孫を同校まで迎えに行った男性は言う。避難所にも指定されている小学校は、安全な場所のはずだった。
 そこへ津波が来た。北上川を河口から5キロもさかのぼり、小学校の屋根を越えた。<後略>
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石巻市大川小学校
http://goo.gl/maps/cpOp
北上川放水路すぐ脇で標高5m以下.想定を越える現象だったことは確かで,この場所は地形的に裏山にすぐ逃げれるような有力な道がなさそうなので厳しいですが,しかし,悔やまれる事例です.

言いにくいことですが,「地震の後にはまず広場に集まって点呼」というステレオタイプ的な「訓練」は,津波リスクのある地域では適用できないことを強く言わなければならない時期が来たと思います.

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2011年3月24日 (木)

岩手日報によるアンケート

揺れてすぐ避難44% 東日本大震災避難者アンケート
http://t.co/3of3Gkf
今回の災害では,この種の調査を研究機関がすぐできる状況にありません.岩手日報のこの地道な取り組みには感服します.

調査方法が異なるので直接比較はできませんが,揺れてすぐ避難した人の率は2003年三陸南地震時の筆者の調査と比べ明らかに多くなっています.
PDF→ http://goo.gl/UGNw9
激しい地震に多くの人が迅速に対応したことが伺えます.

一方,冷徹な見方ですが,この調査は「生き残った人」のみが対象であることにも注意が必要です.迅速な避難を行った人が生き残ったことを示唆している可能性があります.

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2011年3月23日 (水)

自然災害における「壊滅」の定義はありません

昨日からtwitter上で行った議論を簡単に整理.

RT @himadin: @disaster_i 防災において、活動に対する効果判定の基準って有るのでしょうか?軍事用語では、「全滅」は”部隊戦力の四割以上の喪失”で、「壊滅」は”部隊戦力の七割喪失”となっています。揚げ足取りする気はありません。防災上で「全滅」「壊滅」の判定基準を示して戴けますか

自然災害の被害において「壊滅」「全滅」の定義はありません.そもそも,どの程度の被害が「大規模」「深刻」と言えるのかも明確な定義はなく,相対的なものです.社会的に関心が高まるような事象ならば犠牲者が数人であっても「大規模」「深刻」とメディアは表現します.

「防災対策の効果」も表現しにくいものです.河川の堤防がどの程度浸水を防ぎ,どの程度の浸水家屋が減った,といったハード対策の効果の評価はまだ可能ですが,教育や情報の効果は定量的にはほとんど検証されていません.

私は,
「津波避難場所の観察にもとづく地域防災ワークショップ効果検証の試み」
http://goo.gl/J9EWJ

「非居住者を対象とした防災ワークショップの参加者に及ぼす効果の分析」
http://goo.gl/UMf09

など,ソフト防災の効果検証を試みてきました.結果的には,ソフト防災の効果は明瞭には現れにくいと言わざるを得ません.この効果検証を行った地区は今回大規模な被害を生じています.痛恨事です.

RT @haday1972: 消防庁の報告ということで早い段階で陸前高田「壊滅」というのがニュースで流れ、「壊滅」という言葉に驚きましたが、防災上の定義はないと思います。建物の全壊、半壊の定義はありますが。 RT @himadin: @disaster_i 防災上で「全滅」「壊滅」の判定基準を示して戴けますか

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2011年3月22日 (火)

避難して生き延びた人も少なくない

今回の津波では,三陸地方では津波の遡上高がおおむね10~20mに達しました.遡上高とは津波そのものの高さではなく,津波が陸上に到達した際のその地点の標高のことです. 気象庁の解説→ http://goo.gl/CKTuz

国土数値情報の三次メッシュ(1kmメッシュ)標高をもちいて,メッシュ内の平均標高が20m以下のメッシュを抽出し,位置を図に示したのが上の図です.

http://twitpic.com/4c1uwi 
 

 1kmメッシュはかなり大きいので,海岸近くに山が迫っているような場合,平均標高が高めに出てしまいます.この図は陸前高田市の1kmメッシュの例.数字が平均標高です.かなりおおざっぱな抽出だと言うことに注意が必要です.
http://twitpic.com/4c1vrg

この表は,国土数値情報と国勢調査データを用いて,平均標高10m以下,20m以下の人口と,岩手県発表の3/21日15時現在の死者・行方不明者数を表にして対比したものです.
http://twitpic.com/4c1y0c

この表はかなり大まかな集計であることに注意が必要です.1kmメッシュがそもそも範囲として広いこと,居住者人口なので津波到達時の人口とは異なること,犠牲者数はまだ十分把握されていないこと,などです.

注意は必要ですが,この表は津波に対するリスクにさらされた人口と,結果的に遭難したしまった人の数を大まかに表していると考えられます.平均標高10m以下の人口に対し5割以上,20m以下でもが1割以上が遭難している自治体が少なくありません.このような解析結果は今後もっと詳細なものが出て来ると思いますので,これはあくまでも早急に集計した結果です.

しかし,あえて希望的な見方をすれば,平均標高10m以下の人口に対してみても,犠牲者の数は「全滅」ではなさそうであったといえそうです.かなり積極的な避難行動が取られた結果,生き残った人たちがいるのだと思います.

三陸地方ではもともと津波の際に積極的な避難行動が行われています.2010年チリ地震津波の際に筆者が行った調査では,岩手・宮城では4割の人が何らかの避難行動をとっており,静岡の2割と比べ明らかに積極的な行動が見られました.
PDF→ http://goo.gl/v6F0w

避難する人が少なかったから犠牲者が多くなった,というのは当たらないと思います.積極的な避難も行われたが,残念ながら津波の規模が桁外れだったということかと思います.津波に対する被害軽減はとにかく避難です.他の災害に比べて,非常に話が単純です.長年の積み重ねにより積極的な避難が行われたことは,けっして無駄ではなかったと私は考えます.

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2011年3月20日 (日)

2010年以前の岩手県沿岸部の写真

筆者が撮影した,2011年東北関東大震災津波による被災前の岩手県沿岸部の写真を掲載します.全画像ともExif位置情報付きで右下にGooglemapsへのリンクが表示されています.地図をクリックすると地図が拡大されます.

撮影箇所の位置図
http://goo.gl/maps/rC5P

画像ページの例
http://bit.ly/h1areD

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釜石市唐丹本郷の津波遡上高推定に補足

釜石市唐丹本郷地区の津波遡上高について,補足事項が出ましたので追記します.

昭和三陸津波後に高所移転したことで知られる釜石市唐丹本郷地区.近年,低地に少しずつ家屋が建ち始めていた.1977年の空中写真と比較.
http://twitpic.com/4aqdcp

唐丹本郷地区,衛星写真によって見た今回の被害状況.元々の高所移転集落は無事だったが,20m以下の低地に新しく建てられた家屋は壊滅した.高所移転の難しさを痛感する.
http://twitpic.com/4aqdtv

釜石市唐丹本郷の空中写真が国土地理院から出たので見てみました.衛星画像よりやや明瞭.遡上高がやや高く,奥の方では20m代後半(26~28m)に達している可能性がある.

RT @pureya_5: @disaster_i 実家が星座石登り口のすぐそばの高台にあります。(画像右側の4軒並んで家が建っているところ) 実家の庭先まで津波到達したとのことなので、30mは超えていると思います。30〜35mの間だと思います。

釜石市唐丹本郷の津波遡上状況.昨日の公開写真の記述に一部誤りがあったことと,新たな証言が得られたことから再再度のUPをします.この付近の遡上高は30m近くに達していた可能性があります.
http://twitpic.com/4b9g1s

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2011年3月19日 (土)

釜石市唐丹小白浜の状況

3月17日付岩手日報より.

地域の再建には非常に厳しい展望がありそうですが,これだけの家屋被害を生じて人的被害が無かったのは,かなり積極的な避難行動があった事を意味しているのではないでしょうか.せめてそう思いたい.

国土地理院公開の唐丹小白浜の空中写真.右下は2010/9/1に筆者が撮影した現地の写真.集落を覆うばかりの巨大な防潮堤が見える.
http://twitpic.com/4ay5ak

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漁師の町、何もかも失った 釜石

 無数の家屋のがれきの中に、原形をとどめない水産加工場がむき出しの鉄骨をさらす。地震前、150隻ほどあったという漁船はどこにも見えない。高さ約12メートルの防潮堤はブロックごと集落側に倒れ、漁師町を破壊した。
<中略>
 震災で船も養殖施設も何もかも奪われた。自宅も9割方壊れ、住み続けるのは困難だ。漁業者の平均年齢が70歳に達するという同地区。浜の後継者は極端に少ない。「漁業をもう一度やろうとはならないだろう。涙は出ない。でも、朝起きると『あーあ』とため息が出る」
 白幡さんは今、妻の実家の名古屋に移り住むことを考え始めている。基幹産業を失った高齢、過疎の漁村にさらなる人口減の足音が忍び寄る。
 同地区の約200世帯のうち、約60世帯がほぼ全壊する大きな爪跡。しかし、幸いにも犠牲者は一人も出なかったという。
<後略>
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津波遡上高の推定・位置図を整理

空中写真などから津波遡上高を読み取ってきましたが,場所が増えてきて自分でもよくわからなくなってきたので,読み取り位置をGoogleマイマップに整理しました.

http://goo.gl/maps/WxEi

大まかな読み取り範囲と,解説(ブログなど)へのリンクを入れてあります.

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綾里白浜,唐丹本郷の津波遡上状況

画像追加.明治三陸津波による遡上高38.2mで知られる,大船渡市三陸町綾里白浜.Googleの衛星写真で見ると今回の遡上高は約10m.同地区には標高10m以下に住家はなく,住家の流失はないように見える.
http://twitpic.com/4aqc0l

白浜の南側の綾里地区.遡上高は約5mで浸水範囲は明治三陸津波より狭い.標高10mの島状地形上の綾里保育所に津波の痕跡が見られない.しかし,低地に家屋が集積し,これらが流失.
http://twitpic.com/4aqctu

昭和三陸津波後に高所移転したことで知られる釜石市唐丹本郷地区.近年,低地に少しずつ家屋が建ち始めていた.1977年の空中写真と比較.
http://twitpic.com/4aqdcp

唐丹本郷地区,今回の被害状況.元々の高所移転集落は無事だったが,20m以下の低地に新しく建てられた家屋は壊滅した.高所移転の難しさを痛感する.
http://twitpic.com/4aqdtv

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衛星写真から田野畑村の津波遡上高を読取

Googleの「被災地の衛星写真」を用いた津波遡上高の推定.岩手県田野畑村を読みました.マイマップ上に整理.
http://bit.ly/g6ZBj7

田野畑村の読み取り結果と津波浸水予測図.画像版.
http://twitpic.com/4ap8j4

一番北の明戸地区は遡上高10~16mくらい.高さ4mの防潮堤が崩壊しています.主な集落は海岸から1km以上奥に立地しており,そこまでは到達しなかったように見える.

明治三陸津波の時に標高約30mの尾根を津波が越えてしまった羅賀地区.今回の遡上高は概ね20m程度のように見える.

羅賀の南側の平井賀の遡上高は海岸近くで約18m,奥の方では14m.旧羅賀小学校には到達していない.羅賀,平井賀とも明治三陸津波の浸水範囲よりは狭い(低い)ように見える.

海への開口部が狭く,かつ地盤高約8mの水門で海と区切られた島の沢地区.遡上高10mだが,建物の流失は倉庫,作業場が中心で,住家の流失はなかったように見える.

島越地区は激しい被害.海岸近くでは概ね20mまで遡上し,地盤高約16mの三陸鉄道高架橋が橋脚とともに完全に流失している.写真のゆがみかも知れないが,鉄筋2階建ての旧島越小学校校舎が流失しているように見える.
http://twitpic.com/4apfl2

ただし,島越地区も浸水範囲自体は明治三陸津波より狭いように見える.これらの地区では避難場所はすべて明治三陸津波の浸水域より高所に設けられており,避難場所が津波に襲われた可能性は低い.

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2011年3月18日 (金)

浸水範囲について・読売新聞にコメント掲載

3月18日付け読売新聞

津波で400平方kmが浸水…過去最大級 (読売新聞) - Yahoo!ニュース
http://bit.ly/edVAfL
に当方のコメントが掲載されています.

津波による浸水範囲の面積(概略値)について|国土地理院
http://bit.ly/eChJpw
 国土地理院の発表資料はこちら.浸水範囲図が概況のみでかつ一部のみというのが残念.

この記事の私のコメントですが,ちょっと数字は曖昧なことを言ってしまっています.国土地理院の資料を元に仙台市付近での津波遡上範囲をあらためて測ってみましたが,海岸線からの直線距離で最も長そうなのは,若林区霞目付近で6.0kmほどでした.川沿いの遡上距離ならば,名取川はJR橋梁付近まで達しているので8.9kmほど.

浸水面積が大きい上位は,石巻市40km2,東松島町36,亘理町35.仙台市は3区合計ならば52km2.面積率にすると仙台市若林区60.4%,亘理町47.9,岩沼市47.5.岩手県内では宮古市9km2,陸前高田市9km2.

面積的には宮城,福島の各市町村が岩手よりも相対的に大きい.しかし,特に人的被害は浸水面積と必ずしもリンクせず,石巻よりき北の三陸海岸の市町村で大きくなるように感じている.

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津波で400平方kmが浸水…過去最大級

読売新聞 3月18日(金)

 東日本巨大地震で、津波により浸水した面積は延べ約400平方キロ・メートルにのぼることが国土地理院の分析で分かった。

 浸水面積は、山手線内側の面積の約6・4倍で、過去の津波被害でも最大級とみられる。地震発生翌日の12~13日に、青森県八戸市から福島県南相馬市にかけて撮影された航空写真をもとに解析した。川沿いの地域では、海岸から十数キロの地点でも浸水していた。

 静岡大学の牛山素行准教授(災害情報学)は「宮城県沖地震の想定では、浸水域は海岸線から1キロ・メートル前後と想定されていたが、今回は仙台市でも10キロ・メートル前後まで入り込んでいる。平野部でも津波が高かったことで、浸水域がはるかに広がった」と話している。

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2011年3月17日 (木)

空中写真から宮古市田老の津波遡上高を読取

国土地理院の空中写真と地形図から,岩手県田老町中心部の津波遡上高を推定.画像版.市街地東側は根こそぎ流失で,西側は残存建物有り.東側の方が遡上だが高そう.
http://twitpic.com/4ab5iw

空中写真による津波遡上高の推定・田老 Google マイマップ版
http://bit.ly/hDE55Y

田老は二重の防潮堤で守られた町として知られていたが,今回の津波はいずれも越えた.外側防潮堤の東側はほぼ崩壊している. http://twitpic.com/4ab6b4

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衛星写真から陸前高田市の津波遡上高を読取

Googleが被災地の衛星写真 http://bit.ly/gNHQFF を公開しました.googleが公開した被災後の衛星写真と地形図から,陸前高田市の津波遡上高を読み取りました.ちなみに,被災地衛星写真はgoogle earthでも読めますが,google earthの標高データは細かく読もうとすると微妙にずれているように見えるので,標高は1:25000地形図から読みました.

広田半島周辺よりも高田町付近の方が遡上高が高くなっているようです.
http://twitpic.com/4a9uk9

国際航業の再現計算結果
http://bit.ly/hTqQoA
でもだいたいそんな感じのようです.

明治三陸津波の際に半島の付け根の尾根部を乗り越えて一時的に島の状態となったことがある広田半島.今回の津波でも同様に津波が侵入した模様.
http://twitpic.com/4a9wy9

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2011年3月16日 (水)

富士宮市内の被害状況を簡単に踏査

昨日3月15日に震度6強の揺れに見舞われた,静岡県富士宮市内を少しだけ踏査してきました.

富士宮市web
http://city.cocolog-wbs.com/fujinomiya/2011/03/1440-4066.html

などによると,主な被害は下記
・軽傷34名
・土砂崩れ 8か所
・路面陥没 3か所
・ブロック塀倒壊 40か所
・屋根瓦落下 249か所

富士宮市役所から市街地。特にコメントなし。
http://bit.ly/fpGjuz

富士宮市役所付近。この付近では瓦屋根家屋の多くで瓦の一部が落下。
http://photozou.jp/photo/show/782121/71677186

富士宮市役所付近。道路の沈下。20センチくらい。 http://photozou.jp/photo/show/782121/71677274

富士宮市役所付近では自販機の転倒は確認できない。網戸落下や、鉢植えの転倒散見。ガソリンスタンドの渋滞は見ていない。買いだめ客の行列も見ていない。

富士宮市粟倉南町。市役所から大岩経由の地区では特に変わったものは見られなかったが、この付近では瓦落下が散見される。
http://bit.ly/eVodky

富士根北小学校,位置図。
http://bit.ly/farvtS
富士宮市webによれば「根北小は運動場が地割れのため、安全確認で自宅待機」とのこと。校舎周辺や校庭の東側に,幅数cm程度の亀裂が何本か.盛土部分が沈下したものか。
http://photozou.jp/photo/show/782121/71682777

これが亀裂
http://photozou.jp/photo/show/782121/71682826

富士宮市役所付近には瓦が落下して家屋が多く見られた.他の地区では全くない地区,ぽつぽつとある地区が存在.道路の凹凸はほとんど確認できなかった.

この事例への対応は以上とします.

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津波遡上高の推測(陸前高田市気仙地区-2)

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富士宮市の防災無線の内容から

3月15日22時31分頃の静岡県東部の地震でもっとも揺れが強かった富士宮市のwebにリアルタイムに記述されています.

同報無線の内容
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落ち着いて行動してください
避難が必要な人は、避難所への避難を
自分の家が大丈夫な場合は、黄色いハンカチをだしてください
---------------------

このうち,「黄色いハンカチ」の意味は下記だそうです.

わが家は大丈夫!黄色いハンカチ作戦
- 防災生活課 - 富士宮市
http://bit.ly/i8Uay3

このページにある記述,「地震災害では、「自助」「共助」で助かる割合が9割ともいわれています」,には強い強い抵抗を感じます.「建物の耐震化で助かる割合が9割とも言われています」と言うべきのように思います.

それはともかく,富士宮市の防災無線のもう一つの記述「避難が必要な人は、避難所への避難を」は非常に重要です.

地震災害において避難は「必要な人」がするものです.「必要がない人」はそのまま自宅で生活をすることが社会の負担を減らすことになります.従って,地震災害において「避難者が少ないこと,避難率が低いこと」はネガティブにとらえられるべきことではありません.「避難者が多いこと」はむしろ防災対策の敗北を意味し,全くほめられることではありません.「地震の時には避難所に向かうことが正しい行動」などということはありません.地震災害においては,避難の必要がないと考える人を「意識が低い」などと言って避難所に追い立てるようなことをする必要はありません.

無論,地震災害時のどのような状況で「避難の必要」が生じるかは個人個人の事情によって異なります.家が損壊して居住できなくなれば誰もが「必要」になるでしょうが,「1人では心細い」と思う人がいれば,それはその人にとっては「避難の必要」が生じていると思います.

一方,津波災害では地震災害と正反対です.津波の可能性のあるゾーンから,少しでも多くの人が一刻も早く避難することが望まれます.避難しない人に声をかけて避難してもらう事が必要です.

「災害=避難」ではありません.災害の種類によって話は全然違います.

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2011年3月15日 (火)

22時31分静岡県東部震源の地震

  • 静岡市もかなり揺れた posted at 22:35:09
  • 静岡市駿河区大谷の静岡大学の4階も震度4くらい. posted at 22:36:01
  • 震源も静岡県東部だ. posted at 22:37:04
  • 津波はないらしい posted at 22:37:16
  • 静岡市内は普通に電気が付いてる.サイレンが鳴っているとかいうこともない posted at 22:38:29
  • 22時40分頃の静岡市内.静岡大学から北西方向を見る.変わった様子は特にない. http://twitpic.com/49py80 posted at 22:44:05
  • @usa_hakase 静大大谷キャンパスの4階では余震を感じていない.私が鈍いだけかも知れないが. posted at 22:44:53
  • @usa_hakase 静岡市内でも電話は通じない posted at 22:45:26
  • 震度6強 富士宮市弓沢町 富士宮市野中 6弱はなくて次は5強 posted at 22:48:54
  • ちがう,5強もない.6強の2地点以外は5弱 posted at 22:50:07
  • 富士宮市弓沢町というのは富士宮市役所だろう.富士宮市野中は富士宮市役所の南1kmほど. posted at 22:51:44

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現時点で参考にしている情報源

2011年3月 平成23年(2011)年東北地方太平洋沖地震に関する情報 | 災害緊急撮影 | 株式会社パスコ
http://bit.ly/hOP7WY

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震|防災関連情報|アジア航測株式会社
http://bit.ly/gbQzqS

国際航業 平成23年3月 東日本大震災
http://www.kk-grp.jp/csr/disaster/201103_touhoku-taiheiyo/index.html

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震による被災地の空中写真(国土地理院)
http://saigai.gsi.go.jp/h23taiheiyo-ok/photo/photo_dj/index.html

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2011年3月14日 (月)

高所移転に効果があった可能性

先に利用した国土地理院の空中写真を用いた作業の続き.

津波に対する高所移転をした地区としてよく知られている釜石市唐丹本郷の空中写真が得られていない.東端のみが見られ,遡上高約20mと読めるので,移転した集落(20-40m)は無事だった可能性が高い.
http://twitpic.com/49aaio

積極的な高所移転が行われたと言われている大船渡市吉浜.集落に津波は到達していないように見え,高所移転の効果があったのかも知れない.
http://twitpic.com/49ab1c

断片的かつ推定の多い状況ですが,高所移転にはやはり一定の効果があったことが示唆されます.今の時期に指摘することは時期尚早ですが,「防災対策」の取り組みに対して多少の救いを感じています.

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津波遡上高の推測(陸前高田市気仙地区)

国土地理院が災害後の詳細な空中写真を公開しました.
http://saigai.gsi.go.jp/photo_h23taiheiyo-hr/photo/

この空中写真と地形図を用いて,津波遡上高の推測を試みました.かなり明瞭に浮遊物などが見えるところまでを「到達」と判定していますので,現地で見ればもっと奥まで入っている可能性があります.

岩手県陸前高田市気仙町

気仙公民館付近
http://twitpic.com/495950

気仙小学校付近
http://twitpic.com/49590o

気仙中学校付近
http://twitpic.com/4958pt

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2011年3月13日 (日)

東北関東大震災の犠牲者数について

日本の近代以降最大の自然災害による人的被害を生じたのは,1923年関東大震災で,最近の理科年表では死者行方不明者10万5千人.少し古い資料だと「死99331人,行方不明43476人」となっていますがダブルカウントがあったようで,今は10万5千人程度となっています.

関東大震災に次ぐ犠牲者を生じたのが,1896/6/15の明治三陸地震津波で,理科年表では死者行方不明者2万1959人.これ以外に,近代以降の日本で1万人以上の人的被害を生じた事例はありません.

気象災害については近代以降最大の犠牲者を生じたのが1959年伊勢湾台風.理科年表によれば死者行方不明者5098名.気象災害の犠牲者は,伊勢湾台風以降明瞭な減少傾向を見せていて,近年は1年に100名が亡くなることはほとんどありません.

もし今伝えられている行方不明者が死者に変わるとすれば,明治三陸津波(ハード施設一切無しで津波予報も全く無し)の犠牲者を超えてしまう可能性があります.

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標高10m以下を彩色した地図

カシミールを使って,20万分の1地勢図で,10m以下を赤く彩色した地図を示します.

10mという数値の絶対値には大きな意味はありません.仙台平野はたまたま低地と台地の境界が10-20m付近で,三陸地方でも概ねそんなかんじ.10m以下が危険,あるいは10m以下が津波だ到達した場所で,それ以上は到達していないということもありません.相対的に低く,津波リスクの高い場所と考えてください.

仙台平野は,標高のごく低い沖積低地がかなり奥まで広がっており,台地はおおむね20m以上になっている.テレビ映像から見た印象では,この10m以下の低地のほとんどが津波に覆われた
http://twitpic.com/48fz6e

山田-宮古付近 http://twitpic.com/490uot

唐丹-釜石-大槌付近 http://twitpic.com/490uj8

気仙沼-陸前高田-大船渡付近 http://twitpic.com/490u72

南三陸町付近 http://twitpic.com/490u0v

石巻市付近 http://twitpic.com/490ttj

岩沼-亘理-山元付近 http://twitpic.com/4913zy

新地-相馬-鹿島付近 http://twitpic.com/49148t

原町-小高-浪江-双葉付近 http://twitpic.com/4914hz

大熊-富岡-楢葉-広野付近 http://twitpic.com/4914sl

いわき付近 http://twitpic.com/4914wf

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各地の様子についてのツイート

NHK,釜石で防潮堤を越えて津波が入ってくる映像が流れている.昨日の映像.15時21分とのこと.防潮堤外の魚市場はほぼ屋根まで水没.

RT @tigers_1964: 大船渡市の津波ハザードマップって、〇〇さん宅3階建てとか、JRの線路の高いところとか、とても具体的に示されていたので、鹿児島でもよく紹介していた。よくできていると思っていたのだが・・・。

@tigers_1964 三陸ではほとんどそんな感じなのです.そういう場所の指定が30年以上前からできていた.しかし,悲しいことに,そこで想定していた明治三陸の浸水実績規模よりもさらに激しいことが起きてしまった.

RT @pref_iwate: 【3/12 21:00時点/被害・避難情報】田野畑村:死者2名、不明55名、避難601名。流出民家249戸。 #0311jisin

@pref_iwate 田野畑村で流失家屋249戸というのは,この村で津波の影響を受けうる場所にある世帯数の半数以上が流失したことを意味する.ここも積極的な避難行動の行われてきた地区だが,そこで死者不明者57名とは.

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気仙沼市関係のツイート

RT @bosai_kesennuma: また津波が来ています。避難所からでないでください
RT @bosai_kesennuma: 魚市場まえから宮脇書店付近の火災鎮火

RT @bosai_kesennuma: 魚町で火災発生

NHKで気仙沼の大規模火災の映像が流れている.途中で流れた位置図から見て,南気仙沼駅周辺のように思える.これが20時過ぎの映像.気仙沼市役所は少なくともその後も情報を発信し続けており,機能している.

RT @HayakawaYukio: @disaster_i 気仙沼市役所が発信し続けている情報はどこでみることができますか?

@HayakawaYukio わたしは @bosai_kesennuma を見ているだけです.ただここ1時間ほど発信がない.

<地震>火災拡大 ツイッターで情報 宮城・気仙沼 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース http://bit.ly/fGVGAn この記事で「最初は午後6時半ごろ」というのは間違い.地震発生直後から積極的に発信されています.

気仙沼他で発生している大規模火災は,「津波による火災」である可能性が高いことに注意が必要.津波によって構造物が面的に壊されて,燃えやすいものが生じて燃えている.地震だけの場合と少し異なる.

気仙沼市からのツイートは,3月11日22時頃以降途絶えたままです.

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緊急地震速報について

静岡でも0432に緊急地震速報(一般向け)が流れたが,新潟県中越地方震源M5.8を栃木県震源と判定してしまった結果のようだ.緊急地震速報のシステムが不安定になっているようだ.

静岡にまた緊急地震速報.有感地震なし.私は「空振り」とか「狼少年」という言葉で情報の出し方についての批判をすることは非常に好まないのだけど,今の緊急地震速報は空振りの連続で,かなりまずい状況になっていると思う.

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陸前高田市関係のツイート

陸前高田市の映像が撮影されたのは多分このあたり http://bit.ly/f3rS7q これではあのあたりの津波避難場所の一部は津波に飲まれてしまっている.

気仙大橋が崩壊したとの報道。気仙大橋というのはここ http://bit.ly/eHN1n5 この橋は防潮堤よりさらに高くなっている.

RT @HayakawaYukio: 陸前高田市の人口は2万3000人。「壊滅状態の岩手県陸前高田市で240人の無事を確認 http://t.asahi.com/1kwz

@HayakawaYukio 記事中の「横田町コミュニティーセンター」は,たぶん気仙川沿いに河口から8km程上流の公民館みたいな所.高田高校は海岸から約1km,標高約10m.

2011/3/12 10時過ぎ.NHKで陸前高田市の映像が流れる.

マイヤ高田店が見えた,というか,周囲の「街」が存在しなかった.3階まで明らかに津波が通った跡が見えたので,遡上高は少なくとも15m以上ということ

陸前高田市役所が残っている.高田松原の砂浜海岸が消滅している.陸前高田市役所付近で自衛隊ヘリによる救出が行われている.陸前高田市民会館,陸前高田市民体育館は,建物としては残っていた.市民体育館は避難場所だったはず.

陸前高田市,広田半島の付け根,JR小友駅付近は確かに浸水した形跡があり,まだ一部水が残っていた.明治三陸津波による浸水実績範囲よりはるかに広い.

RT @IBC_online: 【被害状況】陸前高田市は土地が低い地域は壊滅状態です。津波は市役所の3階まで達し。市街地で残っている建物はホテルのキャピタル1000、スーパーのマイヤ、市役所、NTTのみ。約8000世帯のうち5000世帯は被害にあったと見られます。 #IBCradio #IBCtv

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震|防災関連情報|アジア航測株式会社
http://bit.ly/gbQzqS

アジア航測の公開した空中写真と1:25000地形図で,陸前高田市の津波痕跡を見ると,国道340号線の第一中学下付近で遡上高(津波痕跡の見える位置の標高)は15~20mと判断される.

景勝の街、無残 陸前高田、一面がれき
http://t.co/pBuAcp1
「高田小にも津波が押し寄せ、子どもたちはさらに上に逃げた」という状況なので,高田町荒町付近の遡上高は20m以上と判断される.

3/13岩手日報
http://t.co/48VWO74
陸前高田市気仙町門崎の状況.「泉増寺のすぐ下に波が寄せた。同3時43分、押し寄せた第1波がちゃぷちゃぷと止まった。同4時2分、第2波の白波が沖に見え、同16分、足元まで迫った」この岩手日報記事,泉増寺の階段を上がったところにいたと思われ,そこに津波がぎりぎり達していないので,遡上高はやはり20m弱と判断される.

陸前高田市中心部(高田町・気仙町)付近の1:25000地形図に,10m以下の地域を赤で彩色した地図.赤で示した範囲がほぼ壊滅状態となったと思われる.
http://twitpic.com/490g9w

アジア航測の撮影した陸前高田市の空中写真に,施設名などを少し加筆しました.高田松原の砂浜海岸が消滅していることが衝撃的です.
http://twitpic.com/490jt9

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「気持ち」に関するツイート

陸前高田は,いろいろ勉強させてもらっている町.ちょっとこれ以上は言葉がない.

私のやっていたことは自然の前にあまりに無力なものだった

阪神をイメージした「災害対応」「災害支援」の概念から外れた事象が発生しつつあると考えざるを得ません.

じゃあどうしたらいいのだ.私だってそう思います.今はそれぞれの人が,それぞれの専門性に特化して,自分ができることを考え,実行するしかない.

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3月13日のツイート

3月13日のツイートは下記です.

http://twilog.org/disaster_i/date-110313

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3月12日のツイートのログ

3月12日のツイートは下記で時系列的に見ることができます.

http://twilog.org/disaster_i/date-110312

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2011年3月12日 (土)

3/11 23時頃 ~ 3/12 11時頃までのツイッターまとめ

NHKに陸前高田市に津波が到達するときの様子が出てきた.ちょっと位置がわからなかったが,低地がことごとく波にのまれていくように見えた.

陸前高田市の映像が撮影されたのは多分このあたり http://bit.ly/f3rS7q これではあのあたりの津波避難場所の一部は津波に飲まれてしまっている.

<地震>火災拡大 ツイッターで情報 宮城・気仙沼 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース http://bit.ly/fGVGAn この記事で「最初は午後6時半ごろ」というのは間違い.地震発生直後から積極的に発信されています.

RT @yucco311: フジテレビ-陸前高田市内は壊滅状態で気仙大橋が崩壊

気仙大橋というのはここ http://bit.ly/eHN1n5 この橋は防潮堤よりさらに高くなっている.

RT @IBC_online: 【生存確認】県警によると、大船渡市綾里地区で津波に流され行方不明と伝えられていた中学生23人の生存を、きょう午前1時37分に確認。 #IBCradio #IBCtv

@IBC_online こういう事例が増えてきて欲しい

釜石市の高架道路の下で津波が侵入してくる映像,あれは防潮堤で堰き止められた津波が陸側に溢れている光景.

気仙沼他で発生している大規模火災は,「津波による火災」である可能性が高いことに注意が必要.津波によって構造物が面的に壊されて,燃えやすいものが生じて燃えている.地震だけの場合と少し異なる.

静岡でも0432に緊急地震速報(一般向け)が流れたが,新潟県中越地方震源M5.8を栃木県震源と判定してしまった結果のようだ.緊急地震速報のシステムが不安定になっているようだ.

災害用伝言板まで一部使えなくなっている http://bit.ly/ibrGSq

宮城県南三陸町では役場が機能を喪失している可能性があるようだ.河北新報 http://bit.ly/fCIdAb

RT @IBC_online: 【避難状況】県災害対策本部4:30まとめ。避難者数・洋野町353人、野田村810人、大船渡市5,508人、陸前高田市240人、釜石市4,229人、大槌町1,650人、宮古市4,230人、山田町3,000人。 #IBCradio #IBCtv

@IBC_online 陸前高田市で把握されている避難者数があまりにも少ない.陸前高田市役所自体の機能が低下している可能性が伺える.

気象庁による観測施設の状況に関する資料 http://bit.ly/eMC2sP

静岡にまた緊急地震速報.有感地震なし.私は「空振り」とか「狼少年」という言葉で情報の出し方についての批判をすることは非常に好まないのだけど,今の緊急地震速報は空振りの連続で,かなりまずい状況になっていると思う.

陸前高田市、ほぼ壊滅状態 総務省消防庁 http://t.asahi.com/1kwd この記事が言う「壊滅状態」の意味がわからない.消防庁はどう表現したのだろうか.

ほぼ壊滅の岩手・陸前高田、8割が水没 東北・太平洋沿岸地震 (産経新聞) - Yahoo!ニュース http://bit.ly/dV9JSX

女川町役場は屋上まで水没とのこと,産経 http://bit.ly/gvVj5U 女川町役場の標高は約10mで,少なくとも2階建てだろうから海水面から20m以上遡上したことになる.

RT @HayakawaYukio: 陸前高田市の人口は2万3000人。「壊滅状態の岩手県陸前高田市で240人の無事を確認 http://t.asahi.com/1kwz

@HayakawaYukio 記事中の「横田町コミュニティーセンター」は,たぶん気仙川沿いに河口から8km程上流の公民館みたいな所.高田高校は海岸から約1km,標高約10m.

陸前高田は,いろいろ勉強させてもらっている町.ちょっとこれ以上は言葉がない.

朝日,産経が「東日本大震災」という言葉を使い始めた.もはやそう言っておかしくないと思う.

朝日:福島県内で78人の死亡確認 不明者490人 http://bit.ly/hj4hrS これでは,東北新幹線は一日二日では運転再開できないだろう.

岩手県ホームページが落ちてしまったが,ツイッターで発信が続いている. @pref_iwate

朝日:岩手県内の死者74人に 不明は134人 http://bit.ly/g20ME8 広田半島が「島」になってしまったらしい.これは,明治三陸津波の時とと同じ状況.

NHKで陸前高田市の映像.マイヤ高田店が見えた,というか,周囲の「街」が存在しなかった.3階まで明らかに津波が通った跡が見えたので,遡上高は少なくとも15m以上ということ

陸前高田市役所が残っている

高田松原の海岸砂嘴が消滅している

陸前高田市役所付近で自衛隊ヘリによる救出が行われている

陸前高田市民会館,陸前高田市民体育館は,建物としては残っていた.市民体育館は避難場所だったはず.

陸前高田市,広田半島の付け根,JR小友駅付近は確かに浸水した形跡があり,まだ一部水が残っていた.明治三陸津波による浸水実績範囲よりはるかに広い.

RT @IBC_online: 【被害状況】陸前高田市は土地が低い地域は壊滅状態です。津波は市役所の3階まで達し。市街地で残っている建物はホテルのキャピタル1000、スーパーのマイヤ、市役所、NTTのみ。約8000世帯のうち5000世帯は被害にあったと見られます。 #IBCradio #IBCtv

@IBC_online 陸前高田市,NHK映像ではもう少し鉄筋建物が残っていたようにも見えますが,いずれにせよ,市街地が実質的に消滅してしまっています.

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2011年3月11日 (金)

東北沿岸大津波

3月11日23時までのツイートまとめ.一部修正.
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NHKの映像を見ていてそうだろうと思いましたが,気仙沼では防潮堤を越える津波が到達してしまった可能性があると思います.釜石もそのように見えます.

釜石市内の映像では,一時,三陸鉄道の高架のほぼ下まで津波が到達したように見えた.三陸鉄道釜石トンネル北口付近の標高は約10mなので,遡上高で10m近い津波が来た可能性がある.

気仙沼港の映像では,立体駐車場の2階床付近まで浸水したように見えた.たとすれば,遡上高が少なくとも5mは合った可能性がある.想定宮城県沖地震連動型で想定されていた津波遡上高は,釜石港で6m.これを超えてしまった可能性がある

M8.4ならば,昭和三陸地震(M8.1)より大きいことになる.

仙台東部道路の東側まで遡上してしまっている.名取ICらしい.河口から直線距離で2.8kmほどもある.標高は2-3mだからほとんど平面.仙台平野では内陸まで津波が到達するまで1時間前後リードタイムがあった.そのことで何とかなっていることを祈るしかない.

仙台空港は,天井の高い1階の天井に着きそうなくらい浸水している.仙台空港の地盤高は2m前後

ここまで本格的に,広範囲に日本の市街地に津波が遡上したのは,1960チリ地震津波以来と言っていいでしょう.ざっくりとした印象ですが,浸水した面積でいうとそれより大きいのかも知れません.

三陸地方には見た目ですごい規模の防潮堤が作られているところが多くありますが,想定宮城県沖地震で想定される規模の津波に対応できるくらいで整備されていることが多いようです.今回は,その規模を超えている可能性があります.

気象庁webはつながるようになってきた.ピーク時にはtenki.jpも落ちた.やっぱりYahoo天気情報が一番強かった.

今NHKで写っている火災は,名取市方向とのことだから,津波が到達した範囲内での火災の可能性が高い.

私は,阪神を越える事態が起こりつつあるのではないかと懸念しています.

これが仙台市の名取川河口付近の津波浸水想定区域図.テレビからの映像では仙台東部道路(左の黄色い道)を超えるくらいまで入っていたので,想定を遙かに超える規模の現象だったことになる.http://photozou.jp/photo/show/782121/71279833

だから間違っているわけではありません.想定を超える現象が発生することは当たり前のことです.

気象庁 | 潮位観測情報 http://bit.ly/f1jYw3 が更新停止になっているのだろうか?

岩手日報webより「南三陸町の南三陸署が津波で3階まで水につかったとみられる」 南三陸署は http://bit.ly/hoiLph ここ.標高1m.旧志津川町で,当然防潮堤で守られているが,それを超えてしまったということが推定される.

岩手県内で10人死亡 http://t.co/D4SNjVs 「大船渡で5人、陸前高田で2人が死亡し、山田では火災で2人が死亡した」

NHKで岩手県大槌町の映像が出ている.60年チリ津波や昭和三陸の映像のようだ.街路樹の上の方までものが引っかかっているから,地盤高+10mくらいあったのだろうか.ここだって立派な防潮堤のある町だ

Reading:NHKニュース 大船渡市などで集落流される http://nhk.jp/N3ue67zx

細浦というのはこの付近.ここは大船渡湾では珍しく海岸沿いに全く防潮堤が整備されていない場所. - Google マップ http://bit.ly/es4xci

RT @IBC_online: 【救助情報】県に入った連絡によると、大船渡市のスーパーマイヤに取り残されている50人をヘリコプターにより救助する、とのこと。 #IBCtv #IBCradio

大船渡のマイヤというのはここ http://bit.ly/es4xci この付近は防潮堤があったはず.

RT @IBC_online: 【火災情報】宮古市消防本部によりますと宮古市田老の青砂里地区で大規模火災発生し、避難場所になっている田老第一中学校に火が近づいている、とのこと。 #IBCtv #IBCradio

田老もものすごい防潮堤が整備されている地区なのですが.

RT @IBC_online: 【被害状況】県警18時20分発表。山田町で新たに死者2人。確認された死者はこれで計12人に。なお前回発表訂正:岩泉町島の越⇒田野畑村島越で死者1名。 行方不明者は久慈と田野畑村で1人ずつ計2人。 #IBCtv #IBCradio

@IBC_online 田野畑村島腰などの沿岸部は,昨年のチリ津波では8割以上が避難して全国で最も高い避難率が記録された地区.この地区も比較的避難場所への移動が容易な地区なんですが・・・

RT @IBC_online: 【被害状況】県防災航空隊が上空から確認。陸前高田市内は小友町・米崎町・高田町・気仙町が水没しているとの情報。 #IBCtv #IBCradio

@IBC_online 地名だけで言うと,これは1960年チリ地震津波の浸水範囲を越えてしまっています.昭和三陸,明治三陸に近い範囲.

RT @IBC_online: 【被害情報】宮古市消防本部によると浸水地区は宮古市鍬ヶ崎、高浜、金浜、津軽石、重茂半島の音辺地区。津波は宮古駅周辺にある魚菜市場付近まで波が押し寄せたということで、国道106号線は盛岡から宮古方面に無あって宮古駅手前で通行止め。 #IBCtv #IBCradio

@IBC_online 魚菜市場というのは http://bit.ly/es4xci ここ.宮古駅前と言われると川から近くの所までのような印象を持ちますが,川から1km以上遡上したことを意味します.

ソースが確認できないが,仙台市の若林区役所付近まで津波が到達したらしい.若林区役所はここ. http://bit.ly/es4xci 海岸から約7.7km

20万分の1地勢図で,10m以下を赤く彩色した地図.仙台平野は,標高のごく低い沖積低地がかなり奥まで広がっており,台地はおおむね20m以上になっている.テレビ映像から見た印象では,この10m以下の低地のほとんどが津波に覆われた http://twitpic.com/48fz6e

10mという数値の絶対値には大きな意味はない.仙台平野はたまたま低地と台地の境界が10-20m付近だということ.

RT @supervisor0901: NHKニュースで報道していました RT @disaster_i: ソースが確認できないが,仙台市の若林区役所付近まで津波が到達したらしい.若林区役所はここ. http://bit.ly/es4xci 海岸から約7.7km

NHKニュース 地震 全国で63人が死亡 http://nhk.jp/N3ue685V 三陸町綾里,越喜来,いずれも明治三陸津波の檄害地です.

「東北北部の地震観測点がほぼ全滅」:イザ! http://t.co/peCCCL7 潮位,地震だけではない.アメダスもデータが届かなくなっているようだ.

RT @IBC_online: 【緊急要請】IBCラジオに寄せられた情報。現在、陸前高田市の県立高田病院の屋上に100人以上が避難しているとのこと。津波で連絡が取れず、大至急救助をして欲しい。 #IBCradio #IBCtv

@IBC_online 高田病院は津波の際の一時避難場所.しかし,元もと田んぼの中で,三角州性低地の真ん中で,取り残されていると言うことの模様.

RT @IBC_online: 【行方不明】県警に入った情報によると大船渡市綾里地区で48人が津波に流され、うち23人が中学生。安否の確認はできてません。 #IBCradio #IBCtv

200~300人の遺体が発見されたという仙台市若林区荒浜地区はだいたいこの付近 http://bit.ly/es4xci


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「ゲリラ豪雨」と災害の関係について

3月8日の土木学会水工学講演会で発表した,下記論文を公開しました.

牛山素行,2011:「ゲリラ豪雨」と災害の関係について,水工学論文集,No.55,pp.505-510.
http://disaster-i.net/notes/20110308_0085.pdf

新聞記事と降水量データを用いて,「ゲリラ豪雨」という言葉がどの時点で一般化したか,また,マスメディア上で「ゲリラ豪雨」とはどのような現象を指して使われているか,「ゲリラ豪雨」では本当に災害が発生しているのか,と言った観点からとりまとめた論文です.結果の要約は下記.

  • 「ゲリラ豪雨」の語は2008年8月上旬から突然大量に使用されるようになった.
  • 「ゲリラ豪雨」は,最大1時間降水量数十mm以上,日降水量(24時間降水量)百数十mm程度の事例に使われている模様
  • 最大1時間降水量80mm以上かつ日降水量149mm以下を「ゲリラ豪雨」的降雨イベントとすると,1979~2008年に104事例
  • 「ゲリラ豪雨」的降雨イベントに直接起因の犠牲者は2名.
  • 床上浸水は40事例.30年間上位10%に入る大規模被害はない.
  • 被害の量が限定されるということは,発生場所が,豪雨災害のリスクの高いところに集中するとも理解される.犠牲者2名のうち1名は浸水した地下室,1名は浸水したアンダーパスで遭難

発表の際の討議では,2010年頃からは,メディア上では「豪雨」はすべて「ゲリラ豪雨」と呼ぶようになったという指摘もありました.そうなってくると,「近年ゲリラ豪雨が頻発し」という「一般論」はますますおかしな話になりそうです.

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2011年3月 9日 (水)

本日の三陸沖の地震を見て思ったこと

本日3月09日11時45分頃,三陸沖を震源としたM7.2の地震が発生し,宮城県栗原市金成,登米市米山町,登米市迫町,宮城美里町木間塚でそれぞれ震度5弱が記録されました.
http://www.jma.go.jp/jp/quake/20110309115726391-091145.html

この地震により津波の発生が予想され,青森県太平洋沿岸,岩手県,宮城県,福島県に津波注意報が発表されました.
http://www.jma.go.jp/jp/tsunami/focus_04_20110309114851.html

12時16分に大船渡で津波の最大波0.6mが観測されました.
http://www.jma.go.jp/jp/tsunami/observation_04_20110309122121.html

「0.5mという予想より高いっ」などと怒らないでください.定型フレーズ通り「なお、場所によっては津波の高さが「予想される津波の高さ」より高くなる可能性があります」なのですから.

気象庁webより,大船渡の潮位観測データ.
http://twitpic.com/47o464

12時過ぎに津波が到達しているのが明瞭にわかります.が,ちょうど干潮のピークに当たったので,潮位の絶対値そのものは,今朝の満潮時よりもずっと低いものです.
津波情報を見るときは,「各地の満潮時刻・津波到達予想時刻に関する情報」 http://bit.ly/g1XfPH を合わせて見なければなりません.

無論,現に波打ち際付近にいるときは,急に水位が上がるわけですから,津波そのものの高さ(潮位偏差)の情報は重要です.しかし,陸域(満潮時でも海水が来ない場所)にいるときは満潮時間と重なっていれば,さらに危険性が高まることに留意が必要です.津波注意報が出たときに取るべき行動は,「海岸に近づかない」につきます.

●早川@群馬大さんとのやりとり

RT @HayakawaYukio: @disaster_i というより、こういう数値の精度が2倍や2分の1程度まで許容したものだと説明したほうがよい。

@HayakawaYukio その通りです.災害情報については,「精度」に対する理解が大変重要だと感じます.が,これを説明するのが大変難しい.

●気仙沼市からの情報発表を見て

RT @bosai_kesennuma: 気仙沼市で約1mの津波を観測しています。海岸付近に近づかないようにしてください http://bit.ly/fKcWVi

RT @bosai_kesennuma: 気仙沼では,現在も約60㎝の津波が,幾度か観測されています。海岸付近には近づかないようにしてください。

気仙沼市では独自の潮位計を設置しており,市から発信される情報はこの観測結果に基づいています.ネット上では見ることができない模様.

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2011年3月 4日 (金)

防災フェロー養成講座キックオフシンポジウム

週明けの3月7日に,防災フェロー養成講座キックオフシンポジウムが行われます.→PDF http://bit.ly/gi5dDr

キックオフシンポジウムは,本養成講座のスタートをアピールするために公開で行うシンポジウムであり,養成講座そのものではありません.このシンポジウムへの出席によって防災フェローに認定されるものではありません.

シンポジウムの当日分厚い資料集が配られるということもありません.配付資料はほとんど予定されていません.変な期待はしないでください.

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