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2011年4月13日 (水)

北上川改修についての訂正

4月9日付け本欄
http://goo.gl/GotiP
で,下記のような記述をしました.
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北上川放水路は1911~1934年に,旧追波川を広げて北上川本川としたもので,今のような幅広い水域を持った川になってからの歴史は浅いところです.放水路となる前の地形のままだったとしても今回の津波は大川小学校周辺(釜谷地区)まで到達しただろうとは思いますが,現在よりは津波の入りにくい場所だったとは言えそうです.いわば釜谷地区は「80年ほど前から海が近くに来た場所」とも言えます.昭和三陸津波の頃(1933)は,この場所は今よりは小さな川の脇にある地区で,海からはある程度の距離がありました.地域として津波に対する認識が歴史的に定着していなかったのかも知れません.
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しかし,その後ご指摘をいただき確認したところ,追波川を拡幅したことは確かであるものの,もともとそれほど小さな川というわけではなく,「80年ほど前から海が近くに来た場所」とまでは言えそうにないことがわかりました.

国交省北上川下流事務所のサイトに関連資料があります.
http://goo.gl/zexpx
http://goo.gl/Y0H2R (PDF)

上記PDF資料の7ページに改修工事の竣工図があり,旧河道の位置が書き重ねられています.上記の私の認識は適切ではなかったと思われますので,撤回いたします.

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