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2015年1月14日 (水)

宮城県山元町の自動車学校での津波犠牲者に関する訴訟の判決文を見て思うこと

宮城県山元町の常磐山元自動車学校の教習生が東日本大震災時の津波により犠牲となったことについて,自動車学校に損害賠償を求めた裁判の地裁判決が1月13日に出た.(報道ではなく)判決文を見ての私の感想をメモします.
 
まず,大前提として,時間的に見れば避難可能で助かった可能性がある命が失われたことは極めて痛ましく,このようなことが繰り返されないよう社会全体として受け止めていかなければならないことは言うまでも無い.
 
しかし,判決についての感想を一言で言えば,「極めて厳しい判決」で,あまり共感はもてないと思う.
 
●判決は,東日本大震災前の時点で,山元町付近では少なくとも明治以降大きな津波の経験も無く,教習所付近は津波浸水想定区域ではなく,行政機関から津波について具体的な警告や指導があったわけでもないので,震災前の時点で,教習所付近が津波により被害を受けることは予見できず,津波避難マニュアルがなかったことも無理もないことだと認めている.
→これについては共感できるところ.
 
●一方判決は,3.11当日,テレビ等で大津波警報が発表されていること(判決では「宮城県6m」の情報までは接することができたものと認めている),教習所前の県道を警察,消防,町広報車などが,津波警報が出ていること,高台への避難の呼びかけていることを告げて通行していることから,3.11当日の時点では教習所付近での「津波による危険性を予見」はできたはずだといっている.
→これについてはやや疑問を感じる.なぜなら↓
 
町広報車などは,教習所自体の所在地に津波の危険性があると明確に告げていたわけではない.すでに地裁の判決がでている山元町東保育所の判決文によれば,町による避難の呼びかけの対象域は,明確ではないが,海岸沿いや津波浸水想定区域が意識されていたとのことである.
 
前述のように,この教習所に津波が来る可能性はあらかじめ明確に警告されていたわけではない.近い時代に繰り返し大きな津波を経験していた「志津川以北」の三陸地方とも,津波災害に対する感覚も異なっていたと思われる.
 
3.11当日流れていた情報にしても,この地震に伴う津波が想定されている津波を大きく超える規模のものであることが具体的に警告されていたとまでは言えないので,教習所関係者が,自分たちに直接関わる避難の呼びかけであると理解することが「当然」とまでは言えない.テレビや広報車などの情報から,教習所付近が津波で被害を受ける危険性を,教習所側が「当然予見できたはずだ」と断罪され,そのことで結果的に責任を問われるというのは,いささか酷ではないかと思う.
 
3.11後の今日では津波浸水想定区域外でも津波が来るかもしれない,という考え方はかなり広く周知されているかもしれない.しかし,3.11前の時点でも当然そう考えるべきであったとは,私には思えない.
 
ハザードマップを過信せず,最善の行動をとる,ということは,防災に取り組む上での方向性としては当然言えることである.当該教習所についても,地図等から判断される位置関係から言えば,津波の可能性を考えて,避難してほしかった,とは思う.
 
しかし,実際の災害時に「当然避難できたはずなのにそれを怠った」とされ,責任を問われるということは,私にはよいことだとは思えない.予見可能性とそれに基づく責任を広く認めてしまうと,様々な情報の整備が進む現代においては,「当然予見できたはずだ」として責任を負わされる個人や団体が幅広くなるのではなかろうか.
 
たとえば土砂災害について言えば「当該箇所が土砂災害危険個所であることは公表されており,そのような場所では豪雨時には土石流等で被害が出る可能性があることが毎年繰り返し広報されていた.当日は大雨警報も出ており,その後土砂災害警戒情報も出て,それらをテレビ等で覚知することは可能であった.さらにあれだけ激しい雷鳴や雨音も聞こえたのだから,当然土石流の発生は予見できたはずだ」と責任を問うこともできてしまうのではないか.
 
これは行政機関に対してばかりでなく,その状況下にあったすべての企業,団体,家庭に対しても言えてしまうと思うが,それでいいのだろうか.「あなたのお子さんが亡くなったのは,危険が当然予見できたにもかかわらず漫然と床につき,避難を怠ったあなたの責任です」などとも言えてしまいそうだが.
 
●なお,教習所側は,地震発生時には実質的に教習は終了の状態にあったので教習生に対して安全配慮義務は生じていなかったと主張しているが,判決では安全配慮義務は生じていたと判断している.
→これについては共感するところ.なぜなら↓
 
地震発生後,津波到達直前に,停電のため教習を再開できないと判断して送迎バスを動かす段階までに,明確に教習終了は告げられていなかったようであり,送迎バス以外の交通手段も十分ではなかったことを考えると,安全配慮義務自体はあったと私には感じられる.
 
判決は,この安全配慮義務の具体的なレベルをかなり高く(厳しく)に認めたように思われる.この点は共感できない.

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