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2015年9月16日 (水)

常総市「行方不明者全員消息確認」の情報公表に時間がかかったことについての雑感

常総市で「15人」と発表され続けた行方不明者数が一気に0人となったことは,まずはよかった.災害直後に発表される死者数や行方不明者数がかなり変化すること自体は当方の調査 http://goo.gl/ADB9mn  からもわかるように一般的なことであり,このことを批判することは適切だとは思わない.

行方不明者の氏名を公表するか否かについては,様々な議論があり,これについて9/15付毎日が詳しく報じている→ <行方不明者>揺れる名前公表…個人情報保護か人命優先か goo.gl/WHztPd

行方不明者の氏名を公表することにより「その人はここにいます」という情報が得られることは確かに期待できる.しかし「行方不明者と発表されたから,ほぼ絶望的だろう」と,周囲に受け止められてしまうことも否定できないだろう.

「行方不明者はあくまでも死亡が確認されたわけではない,死者として扱ってほしくない」という声は強くあり,私もその声には共感する.公表は嫌だという人がいるのであれば,一般への公表をすべきとは思わない.

行方不明者の氏名等の情報は,公的機関間では共有してほしいと思う.今回それが十分行われていたかどうかはわからないが,少なくとも「行方不明者の氏名が公表されなかった」ということだけを持って,批判することは適切ではないと思う.

一方,9/15付毎日は,茨城県が14日午後に行方不明者の消息をほぼ確認していながら,15日午前の会議まで公表も,関係機関への伝達も行わなかったと報じている.→<関東・東北豪雨>常総最後の不明…実は虚偽通報で実在せず goo.gl/XQakBh

私は,詳しい情報もない段階から,災害時の行政対応を批判することは,厳に謹んでいる.そんなことをしても問題の解決につながらないと考えるためだ.しかし,9/15付毎日が言うように,茨城県が行方不明者の消息把握という情報を「緊急性がない」と判断して,関係機関にすら伝達を一日延ばしにしたのが報じられている通りの事実なんだとすれば,いくらなんでもあまりな対応ではないかと思う.

災害時の人的被害という情報は,メディア(おそらく「社会」も)等の関心は極めて高い.各種の公的制度の適用にも人的被害規模は関係してくるし,後世その災害が語られるときに真っ先に挙げられるのも人的被害の数字である.それだけ「重い情報」なんだと思う.

行方不明者がいると発表されている以上は関係機関や関係者は捜索を続けるのが一般的であり,その数などの情報は,その捜索態勢にも大きな影響を与えるだろう.さまざまな人を動かす基幹となる情報だとも思う.それを「あとからでもいい」とはなんとも.

あれこれ理屈を書いたけど,率直に言えば,「みんな無事だとわかったのなら,なんで少しでも早く知らせてくれなかったんだい」という個人的な感情である.

なお,この件について特定の職員個人を攻めることは適切でないと思う.自治体で防災行政を担当する職員は,災害について体系的な教育等を受けた人が担当しているわけではいことがふつうである.本件担当者が具体的にどのようなバックグラウンドの人たちだったかは不明だが,こうした「全くの素人が防災業務を担当することが多い」という構造自体をどうにかしていくことは重要ではないかと思う.

常総市の行方不明者が減ったことから,9/15付消防庁資料によれば今回の災害による死者・行方不明者数は7人となった.これは毎年数回程度発生している災害の人的被害規模といっていい.一方床上浸水は7093棟と,現時点の数字でもだいぶ大きい.

今回は浸水被害の割に人的被害が少ないようにも思えるが,洪水が中心の事例ではこうした例はみられる.たとえば国直轄河川ではないが市街地での破堤氾濫が発生した2000年東海豪雨時の愛知県では床上浸水が26531棟(消防庁資料)に上ったが,死者は7人だった.

まだ数字は動く可能性があるが,引き続き本災害による人的被害の状況について,当方では注視したいと考えている.

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