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2016年2月 6日 (土)

災害に伴う犠牲-人ごとでない責任論

だいぶ時間が経ってしまいましたが,1月20日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.なにかというと「ケシカラン」と評論なさっている方々,明日は我が身がされる側かもしれませんよ,という嫌みな内容です.

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時評=自然災害に伴う犠牲-人ごとでない責任論
 
 自然災害に伴う被害で最も痛ましいのは「犠牲者の発生」だろう.自然災害の原因となるハザード(地震,大雨など)は自然の現象だが,ハザードにより生じた「被害」は人間社会の現象である.自然災害に伴う犠牲者は自然の力によるもので誰のせいでもない,という考え方もあるが,一方で,誰かが対応を誤ったために犠牲者が発生したのだ,という考え方もあり,裁判で争われることもある.
 
 たとえば2009年兵庫県佐用町の水害では,避難勧告の発令時刻が遅かったなどとして犠牲者のご遺族の一部が町を相手に損害賠償の訴訟を起こした.結果的に神戸地裁姫路支部は訴えを棄却し,原告,被告ともに控訴せず判決は確定している.
 
 しかし,判決は故意や過失による不当な勧告で被害が生じた場合,自治体側は賠償責任を負うとの判断を示しており,状況によっては責任を問われる可能性が示唆された.
 
 また,東日本大震災に関連してはいくつかの訴訟があるが,宮城県石巻市の私立幼稚園に関わる訴訟では,仙台地裁が「地震発生後に津波に関する情報収集義務の履行を怠った結果,(園児の乗る)バスを眼下に海が間近に見える高台にある幼稚園から海側の低地帯に出発させて園児ら4名の津波被災(死亡)を招いた」などとして,原告の主張を全面的に認める判決を出し,その後控訴審で園側が責任を認め和解となった.
 
 ハザードマップでは津波浸水想定区域からは近いところでも数百m離れた場所にバスを走らせたことなどの責任が問われ,判決はハザードマップで浸水域でなかったとしても大津波警報や高台への避難の呼びかけなどから,危険性についての予見可能性はあったと判断した.
 
 災害時の犠牲者発生と人の対応の因果関係については様々な見方があり,何が絶対に正しいということはない.しかし,「予見可能性」を広めに認め,管理者側の責任を問う判決が出つつあることも現実である.
 
 管理者とは公的機関関係者には限られず,現に前述した訴訟の被告は民間の幼稚園関係者である.企業や各種組織で管理的立場に立つ人は非常に幅広い.
 
 他地域の災害のニュースを見て「悪い奴が責任を取らされるのは当たり前だ」と思っていた当人が,自らの地域での災害後に突然「悪い奴」とされてしまう可能性もある.どのように対応するかは難しいが,このような現実があることは,社会で暮らす我々皆が心にとめておきたい.

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