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2017年4月22日 (土)

釜石市鵜住居地区防災センターでの災害に関する盛岡地裁の判決から思うこと

 4月21日に盛岡地裁で出された,東日本大震災時の岩手県釜石市鵜住居地区防災センターでの人的被害についての判決文を入手する機会を得たので,一読しての印象を書き留めておきたい.
 
 なお筆者は,災害情報に関する研究者ではあるが,裁判や法律に関する専門的知見は持たず,災害訴訟について体系的な知識も持ち合わせない.あくまでも災害に関する研究者としての感想であることをお断りしておきたい.

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 鵜住居地区防災センターでの被害は,本来の避難場所でない施設が誤認されて避難者が集まり,多くの被害を生じた側面があり,極めて痛ましいできごとであること,こうしたことが繰り返されないよう社会全体として努めていかなければならないことは言うまでもない.ことに,同センターと長内川を挟んで対岸側に当たる釜石東中学校・鵜住居小学校では,児童生徒が率先して避難行動をとり,「釜石の出来事」などとして広く知られることになった被害軽減がはかられていることも考え合わせると,いたたまれない気持ちになる.
 
そのような状況下で厳しい言い方になることは承知しているが,本判決で示された判断は総じて現実的で,共感できるものだった.
 
●予見可能性について
 震災前に公表されていた過去の津波浸水実績の情報から見て,防災センター付近へ津波が到達しうることについては予見可能な範囲だと言っていい.しかし,浸水実績域の縁辺部でもあり(津波は箱のような形態で到達するのではなく陸域の奥に行けば行くほどその高さ=浸水深は浅くなる),シミュレーションにもとづく浸水想定区域からは離れていたことなどを考えると,2階屋上に達するような津波が来ることを確実に予見可能だったとは言えないと思われる.「過去に津波による浸水の実績がある」ことは「その場所で建物の2階以上にも達する浸水深の津波がありうる」ことを意味するものではない.
 
 地震発生後の時点での予見可能性についても,大津波警報や,予想される津波の高さ3m,6mという情報を覚知したとしても,それによりハザードマップで示されていない範囲にまで,建物2階を越えるような規模の津波が到達する可能性を理解することが,2011年3月11日時点の一般的な国民において「当然わかったはずだ」と言えるような状況になっていたとは思えない.ハザードマップ等には,一般的な注意事項として,ハザードマップの表記を越える現象も起こりうることが注記されていることは,震災前の時点でもよく見られたと言っていい.しかし,それは一般的な基礎知識として注意を喚起しているものであり,「当然誰もが理解していたこと,しているべきこと」だとは言えないと筆者は考える.
 
 判決では,過去の浸水実績の情報があることを挙げ「明治三陸地震及び昭和三陸地震の際,本件幼稚園付近(牛山注:防災センターに隣接)にまで津波が到達した可能性は否定できない」としつつも,その後の防潮堤整備と「(前略)津波浸水予測図では,前記各地震と同等の地震が発生した場合であっても,本件幼稚園周辺は浸水しないと想定されていた」ことを挙げて,「大津波警報(3m)が発表された時点(牛山注:14:50頃)で,津波が本件幼稚園に到達する可能性を予見できたとは認めがたい」としている.
 
 ただし15:14頃の大津波警報(6m)については,「明治三陸地震と同等の地震が発生した場合に鵜住居地区に到達すると想定されていた津波の高さは少なくとも6m以上と予想されていたことに照らすと,本件大津波警報(6m)の発表により(中略)津波浸水予測図の想定を上回る規模の津波が発生することが予見し得た可能性が全くないとはいえない」と,低いものの予見可能性は認めている.ただし,同地区への津波到達が15:16頃と推定されていることから,予見できたとしても,現実的な対応は困難だったろうとの判断がなされている.概ね共感できる.

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●防災センターが津波の際の避難場所でないことの周知について
 同センターが津波の際の避難場所ではないことが隠蔽されていたわけではなく,津波の際の避難場所は市全体の広報,地域版のお知らせ,ハザードマップなど,一般的に考え得る方法での広報が複数回にわたってなされていた.
 
 判決では,「鵜住居地区における一次避難場所として鵜住神社境内ほか3か所を指定し,全戸配布の「かまいし生活べんり帳」において,これらの名称や所在地を本件津波予測図上に示すなどしていたほか,各種広報誌や冊子を用いて,避難場所等に関する広報活動を実施していたのであり,鵜住居地区の住民に対し,避難に関する事項について周知をしていたものと認められる」としており,筆者には共感できる.そんな方法では徹底しない,といった考え方ももっともだが,これらの方法をとっていたことが周知を怠った重大な過失だとまでは言えないと筆者は考える.
 
 震災前の2010年5月,2011年3月に実施された津波避難訓練で同センターで避難訓練が行われたこと,これが訓練参加率を高めるための工夫として地元から提案があり,市が了解したものであったと,同市の検証報告書でも認められている.この訓練のあり方が,同センターが津波の際に避難すべき場所であるとの誤認に繋がった可能性は否定できないと筆者も思う.しかし,地域からの提案を踏まえたもので市が特に指示をしたわけではないことも考えると,この訓練のあり方について,市に一方的な責任を負わせることが適切だとは思えない.
 
 判決では,「上記各訓練における本件センターの利用に関し,被告と前記町内会の間でどのような合意がされたかは,全く明らかでない」とし「被告が前記のような了承をし,結果的に相当数の住民が本件センターに参集した事実のみをもって,被告が本件センターを,他の一次避難場所と同様,津波警報等が発表された際に避難すべき場所として取り扱うことを許容したとは認められない.そうすると,被告が,本件センターが一次避難場所であるとはいえないから,市長が本来の一次避難場所に加えて,本件センターが一次避難場所でないことまで周知すべきであったとはいえない」としており,筆者には共感できる.
 
 判決が,津波避難場所ではないセンターで津波避難訓練を行うことを市が了承したことで,市が住民を「誤解させた」のではないと認めたことは注目される.この避難訓練で住民間に誤解が生じ,その結果として適切でない避難場所に人が集まり多くの犠牲者が出た可能性は高いと筆者も考える.しかしながら,それは「誤解【が】生じた」のであり,非常に悲しく,残念なことで,今後の防災対策の強い教訓としなければならないことではあるが,「誤解させた」として,特定組織・個人の結果責任を追及すべきことではないと筆者は考える.
 
 また,「市が了承した」すなわち,地域の提案が元になり,市はそれを認めた立場であることにも関心が持たれる.災害による人的被害について組織・個人の結果責任を強く追及するのであれば(それを筆者はよいことだと思わない),その責任は一方的に「行政」に向けられるのではなく「地域」にも向けられうることは,よくよく考えておかなければならないと思われる.
 
●災害時の管理者側の責任を強く追及することに対する懸念
 不確実性が非常に高いという特性を持つ自然災害に伴って生じた人的被害について,災害後の知見を元に予見可能性を幅広く認め,管理者側にあたる組織・個人の災害時(及び平時の備えにおける)の緊急的な判断・対応について,結果責任を強く問うありかたには,今後の防災対策を推進する上で本当にそれでよいのかという懸念を捨てきれない.
 
 東日本大震災発生時とは異なり,現在では,非常に大きな規模の外力(津波など)を考慮した被害想定,ハザードマップ等が作成され,様々な手段で周知が図られている.かなり大規模な現象であっても,発生後に「このようなことが起こるのはわかったはずだ」と言えるようになってしまっている.
 
 想定情報が作成され,広く周知も図られている状況下では,もはや「想定していなかった,周知していなかった」と行政側を責めるだけという考え方は一方的で,我々国民の側も「周知されていたのだからわかっていたはずだ」と捉えることも可能になるのではないか.
 
 また,いわゆる「管理者」は,なにも行政機関とは限らない.民間企業,任意団体など,国民のかなりの割合が「管理者」側となる可能性がある.大規模災害の発生も想定される中,多数の「管理者」の責任を強く問うやり方は,社会的に本当に対応可能なのだろうか.
 
●避難所・避難場所に対する国民的な理解も重要
 鵜住居地区防災センターは,避難場所としての機能がわかりにくかったことが問題としてあげられている.現代では,「どんな災害時にも同一の避難場所に避難する」という画一的な考え方に問題があることがひろく認識され,災害の種類別に避難場所を選定することが国レベルでも進められている.これは同センターでの被害もその背景の一つとなった改善の方向ではある.
 
 一方で「この避難場所は××の時には使用するが××の時には使用しない」といった方針が,一般住民にとってわかりにくい,浸透しにくいといった見方もある.
 
 「わかりにくいので危険な場所には一切避難所を置いてはならない」といった考え方もあるが,特に地方部では避難可能な施設が限定されることも考えると,広範囲にわたって避難所がおけないことにもなりかねず,現実的ではない.「洪水土砂災害の危険性があるので,2階以上だけを使用する」などの工夫も必要になる.
 
 「災害の種類によって避難場所や避難の方法は異なることがある」ことを知り,自分の地域では,どのようなときに,どのように行動するのがよいかを,公表されている様々な情報を参考にあらかじめ考えておくことがますます重要になっている.
 
●釜石市当局に対して思うこと
 上記では釜石市に好意的なことを書いているように思えるかもしれないが,釜石市を擁護したいとは全く思わない.釜石市は,市の側の責任を大きく認め,被害が回避可能だったとまで踏み込んでいる報告書を公表している.この内容に筆者はやや納得できないものを感じているが,一つの見識だと思う.市自身がそこまで踏み込んだ見方をすでに出しているのであれば,このような訴訟に反論するのではなく,潔く原告の方達と対話したらどうですか,とは思っている.

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2017年4月 7日 (金)

「平成28年熊本地震」関係の調査研究成果再整理

まもなく「平成28年熊本地震」から1年となります.当方では,主に地震による直接的な人的被害についての調査をし,下記論文にとりまとめました.あらためて紹介します.
 
牛山素行・横幕早季・杉村晃一:平成28年熊本地震による人的被害の特徴,自然災害科学,Vol.35,No.3,pp.203-215,2016
 
同論文の主な図表のスライドをPDFに縮刷したファイルも公開しています.
 
上記は昨年末に刊行した論文ですが,あらためて主な結果を挙げると以下となります.
  • 死者50人.阪神・淡路大震災以降の内陸直下型地震としては最大だが,家屋被害規模に対して特に多いわけではない.
  • 原因別犠牲者数を牛山ら(2009)の定義で分類すると,「倒壊(建物倒壊・部材落下・家具転倒など)」38,「土砂」10,「火災」1,「その他」1.近年の内陸直下型地震と比べ,特異な傾向は見られない.
  • 「土砂」10人のうち,何らかの土砂災害危険箇所の範囲内だった者は2人.風水害時の土砂災害では犠牲者の9割弱が土砂災害危険箇所付近で死亡していること(牛山,2016)と比べると,傾向が異なる.
  • 犠牲者のうち65歳以上の高齢者は34人(68%).高齢者率が人口構成比より高いことは阪神・淡路大震災や,近年の風水害と同傾向だが,比率がやや高い.
  • 犠牲者の性別は女性が男性より多く28人(58%).阪神・淡路大震災とは同傾向だが,近年の風水害とは逆の傾向.
  • 「倒壊」に分類され屋内で死亡したのは37人.全て建物倒壊起因で,家具転倒のみに起因する者は確認できない.また,1980年代中頃以降の建物での犠牲者は2箇所3人の可能性.
  • 大局的には近年の内陸型地震の犠牲者と同様な傾向だった事が示唆される.これまでに指摘,推進されてきた地震防災対策の重要性をあらためて認識していく必要がある.
熊本県付近では,6月に地震の被害があった地域を中心に,ややまとまった豪雨災害にも見舞われました.これについては単独の論文等ではとりまとめていませんが,下記ページに関係資料を整理しています.
 
2016年6月20~21日の熊本県付近での豪雨災害に関するメモ
 
こちらも要点を挙げると以下となります.
  • 熊本県内で死者6人が生じた.2004~2014年の主要豪雨災害(2004-2014)の42事例の内,死者6人以上の事例は26事例あり,ほぼ毎年1回以上発生している被害規模である.
  • 原因外力別犠牲者数は洪水1人,土砂5人.2004-2014と比べ「土砂」が多い可能性がある(総数が少ないため明言はできない).
  • 6人中5人が65歳以上であり,2004-2014と比べ高齢者に被害が偏在している可能性がある(総数が少ないため明言はできない).
  • 6人中5人が「屋内」であり,2004-2014と比べ「屋内」が多い可能性がある(総数が少ないため明言はできない).「土砂」では「屋内」が多い傾向があり,本事例では「土砂」が多いことから,特異な傾向ではないと思われる.
  • 「土砂」犠牲者5人全員が土砂災害危険箇所の「範囲内」と思われる.想定外の場所で犠牲者が生じている状況ではない.
「災害から×年の時だけ騒いで後は知らんぷりか」というご意見もおありでしょうが,私は過去のあらゆる災害に常に思いを向けていることは不可能です.折にふれて考えることが重要ではないでしょうか.

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