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2019年7月31日 (水)

時評=大雨の際の避難行動 流れる水に近づくな

  7月18日付け静岡新聞に下記寄稿をしました.以前からいろいろな所でしている話です.「いかにもな話で人に教えたくなる防災豆知識」ではなく,基本に立ち返りましょう,という,ぼうさい熱心な人のお気持ちを逆なでする内容です.なお,記事で省略した事項について補足しました.

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時評=大雨の際の避難行動 流れる水に近づくな

 防災パンフレットなどで,「洪水時に歩ける深さは××cm」という趣旨の話を目にすることがある.これは誤りとまでは言えないが,命に関わる誤解を誘発しかねない危険な「防災豆知識」だと感じている.

 「××cm」という数字を見ると,「××cmまでなら大丈夫だな」と思いそうだが,その判断は適切でない.洪水時に人が流されてしまう条件は,水深だけでは決まらず,水深と流速の組合せによる.水深が浅くても,流速が速ければ流されてしまう.さらにこれは,年齢,体格などにも左右される.これらのことは,水の力に関する基本的な法則からも説明可能であり,実験結果もある.(*1)

 車も安全とは言えない.少し古いが,JAFが1984年に行った実験(*2)では,60cm冠水した道路に進入すると,30~40mほど走行したところでエンストを起こし,車は浮き気味になったという.この実験は静止した水中だが,流れがあれば浮き始めた車は流される可能性がある.実際の災害現場でも,道路外に流されて転送・損壊している車をよく見かける.

 1999~2018年の風水害犠牲者1259人について筆者が調査した結果では,全体の47%,594人が屋外(車中も含む)で亡くなっており,洪水に流されたり川に転落した犠牲者に限定すると71%が屋外での死者である.雨が激しく降る中での屋外移動は非常に危険性が高いことが示唆される.

 大雨の際に行動する上で何よりも重要な知識は「流れる水には近づくな」だろう.水深がどの程度などという知識はどうでもよく,流れている水に立ち入ると命を落とすかもしれない,という単純な知識で十分だと思う.水は少しでも低いところに向かって流れる.流れる水から逃れる方法は,少しでも高いところへ移動することだ.少しでも高いところであれば,目指すべき場所は避難場所であろうとなかろうと,どこでも良い.

 さらに重要なことは,流れる水に近づく状況に陥らないことである.早めの対応が第一で,数階建て以上の堅牢な建物や浸水の危険性が低い場所にいるなら,外出を控えることも避難行動の一つである.無論,大雨の時は洪水だけでなく,土砂災害にも目配りが必要だ.洪水時には水に勇気を持って立ち向かう必要性などない.水からは逃れなければならない.
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*1) この種の実験としては色々あるのですが,最近私がよく引用するのは,関西大学の石垣先生のもので,NHK「そなえる防災」に記事があります.

https://www.nhk.or.jp/sonae/column/20131219.html

 この記事中の図1は非常に重要で,流されてしまうかどうかが水深と流速の組合せで大きく変わるということだけでなく,「成人男性」「女性高齢者」など,年齢などでもかなり違いがあることを示しており,特定の水深「だけ」を覚え込むことの危険性をよく示しています.ただ,「歩くことが困難となる50cm」という記述があるのがとても残念です.前後をよく読めば,50cmを目安にしててはならないことが分かるのですが,「防災知識」を「分かりやすく」伝えようとする場面では,こうした記述「だけ」が要約されてしまうことが懸念されるので,ほんとうに残念です.

*2) JAFは近年も類似の実験をしていて,下記に動画付きで公開されています.

http://www.jaf.or.jp/eco-safety/safety/usertest/submerge/detail1.htm

http://www.jaf.or.jp/eco-safety/safety/usertest/submerge/detail2.htm

 ただ,これらのページには,冠水道路に進入した後,「車は浮き気味になった」という明確な記述がないので(動画から多分そうだろうと推測はできますが),古い実験の話を引用しました.引用元は,高橋和雄・高橋裕「クルマ社会と水害」(九州大学出版会,1987年)です.上記の石垣先生の記事中にも,「車の模型を用いた実験では、水深が40cm、流速が1.5m以上になると流れ出す」という記述があります.

20190729

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