2016年11月 2日 (水)

「避難準備情報」の言葉の変更に思うこと

「避難準備情報」の言葉がわかりにくいので変更すべきでは,という議論があるので,筆者の考えをメモしておきたい.
 
「避難準備情報」がはじめて明文化された2005年「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」では,「避難準備(要援護者避難)情報」と表記され,要援護者等は避難行動を開始,他の者は避難準備を開始,が「求める行動」とされていた.2005年版ガイドライン作成の背景は,2004年が10個の台風が上陸するなど風水害が多く,避難勧告発令をためらったケースや,要援護者等が犠牲となったケースが目立ったことがあったように筆者は受け止めている.
 
2005年版ガイドラインやその検討報告をみると,このときの避難準備情報は,避難勧告より早い段階でなんらかの行動を促すという意味もあったが,どちらかというと要援護者に対する支援という意味合いが強かったように感じられた.
 
なお,2005年版ガイドラインの重要事項は,避難準備情報の規定もあるが,避難勧告の客観的基準や,その発令範囲を明確化するための目安を示した点も大きかっただろうと,筆者は評価している.
 
しかし,その後も「避難勧告の発令をためらう」というケースが後を絶たず,特に2013年伊豆大島,2014年広島での避難勧告の遅れがかなり話題となった.判断基準にも課題はあったが,「避難勧告を出す」ということのハードルの高さも一因ではと議論された.「避難勧告を出す」のハードルとは,空振り批判を恐れる,避難所開設や役所内の体制立ち上げなど費用面の不安など,さまざま.
 
ガイドラインで,避難勧告より前段階に出せる「避難準備情報」がありながら「避難準備情報は要援護者向けの情報」と思われ,一般住民も含めた「勧告の前段階の情報」として活用されなかった側面も.このあたり,いくつかの災害事例を見た印象として筆者自身が持っていることだけど,もっと定量的に当時調べておくべきだったと反省している.
 
こうした教訓から,2015年版ガイドラインでは,(要援護者避難)がとれ「避難準備情報」に明快化された.また要配慮者の立ち退き避難とともに,他の者も「立ち退き避難の準備を整えるとともに<中略>自発的に避難を開始することが望ましい」とされた.
 
今仮に,避難準備情報を「要配慮者避難情報」等に変更する場合,いわば2005年ガイドラインへの回帰とも言える状況となる.しかしそうなると,避難勧告より早い段階で要支援者以外の人に注意を喚起する意味は非常に読み取りにくくなる気がする.
 
「一般向け避難準備情報」と「要配慮者避難情報」を設ける,という考え方もありうる.しかし,両者の発令基準を変えることは合理的でないと思われ,ただでさえ複雑だとされる避難関連情報がさらに複雑化することが懸念される.
 
合成して「避難準備・要配慮者避難開始情報」とするという考えもありそうだ.しかし,もともと「わかりにくい」という話から始まったのに,この言い回しが「わかりやすい」といえるだろうか.たとえばYahooの避難情報ページ https://goo.gl/1oC2gj では,避難準備情報は「避難準備」と4文字に略記され,避難指示(赤),避難勧告(橙),避難準備(黄)と色分け表示されている.「要配慮者避難情報」となったら?
 
かりに「避難準備情報」の語を変える場合,すでにある程度定着して,全国各地のハザードマップ,防災関連資料等に記載された言葉をすべて書き換え,新たな言葉を普及啓発していくという大きなコストが生じることも懸念される.避難勧告,避難指示も含めて,たとえばすべて数字で示すとかの抜本的な改定を行うならばこうしたコストも意義があるように思うが.部分的な用語変更ではどうだろう.
 
筆者も「避難準備情報」という言葉がわかりやすく,ベストな言葉だとはおもわない.しかし,「要配慮者が避難開始するという意味がわかりにくい」という理由で,この言葉だけを変えることは,防災関連情報全体としてのメリットがあまり大きくないように感じられる.
 
無論今のままでよいとは思わない.しかし,言葉を換える以外の改善策も考えてもいいのではなかろうか.意味の周知を徹底することは当然考えられる.単に「避難準備情報発令」というだけでなく,その意味を合わせてアナウンスすることを定型化するなどもありだろう.防災気象情報や河川水位情報で導入されているような,「色」を決めて表記するなどもありそうだ.
 
どうするにせよ,改善するためには,こうした思いつきの羅列ではなく何らかの根拠の積み上げが必要だろう.時間がないが,筆者自身も努力してみたい.

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2015年8月20日 (木)

内閣府防災 避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドラインの一部改定についての雑感

内閣府防災 避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドラインの一部改定(平成27年度) http://www.bousai.go.jp/oukyu/hinankankoku/guideline/guideline_2015.html

 
ガイドラインの検討に少し関わらせていただいた立場から,どうもこの改訂について誤解があるのではないかと感じていることについて,簡単にメモしておきたい.
 
ガイドライン40p
「避難勧告の発令単位としては、市町村の面積の広さ、地形、地域の実情等に応じて、市町村をいくつかの地域にあらかじめ分割して設定しておく。その上で、豪雨により危険度の高まっているメッシュが含まれる地域内の全ての土砂災害警戒・危険箇所等に対して避難勧告等を発令することが考えられる。この地域分割の設定については、情報の受け手である住民にとっての理解のしやすさ及び情報発表から伝達までの迅速性の確保等の観点から設定する。具体例としては、山や川を隔てた地域ごと、合併前の旧市町村、大字や校区をまとめた地域、東部・西部等の地域といったものが考えられ、各地域には複数(場合によっては単数もあり得る)の土砂災害警戒区域・危険箇所等が含まれることとなる。」
 
つまり,「市町村全域・全世帯に避難勧告」という荒っぽいことは避けて,市町村の面積等に応じてある程度の地域区分をしておき,その地域区分内のどこかで危険度の高いメッシュが生じたら,その区分内の警戒区域等に避難勧告を検討することが例示されている.
 
これは,土砂災害警戒区域等の,災害の素因にかかわる情報と,メッシュ情報を大くくりで組み合わせて,避難勧告に活用してほしい,という趣旨のはず.メッシュ単位で出せという話はどこにも書いてないはず.
 
また,すべての災害について【避難勧告の判断基準の設定例】の書きぶりが,「××のいずれかに該当する場合に、避難勧告を発令するものとする」から,「避難勧告を発令することが考えられる」に変更になった.「こう決まっている」と機械的に受け止めず,考えてほしい,という趣旨かと.
 
各自治体ごとに,使いやすい基準,やり方というものがあると思われるので,そうした自治体ごとの工夫や努力は大いに活用してほしい,という趣旨のはず.「こう決めたからこうしろ」という話ではないはず.
 
「市町村だけで考えろ」とも言っていないはず.国や県等の機関が助言にあたるべきことも挙げられている.実際うまく回るかどうかはわからないが,みんなで考えて行こう,という趣旨かと.
 
決して「これが完全版,みんな従え」という話では無いはず.いろいろな人の知恵を集めて,避難に関する情報がより有益なものになっていくことを祈念したいところ.

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2015年7月12日 (日)

ハード防災対策とソフト防災対策

 防災対策には「ハード対策」と「ソフト対策」があり,両者は根本的に異なる性質を持っていることを理解することも,きわめて重要である.ハード対策は,英語でstructural measuresと言われるように,「なんらかの構造物による被害軽減手法」ととらえることができる.たとえば,ダム,堤防,防潮堤,耐震補強などが挙げられる.いっぽうソフト対策は,英語ではnon-structural measuresであり,「構造物によらない被害軽減手法」といえる.たとえば,土地利用規制,耐震基準,保険,観測システム,情報システム,ハザードマップ,防災教育,訓練,避難システムなど,さまざまな例が挙げられる.
 
 日本においては,戦後復興期から阪神・淡路大震災頃までの間,防災対策は,おおむねハード対策を中心に考えられてきたといってよい.しかし,ハード対策には次のような問題がある.
  • 一般的に,多くの費用が必要.
  • 多額の費用を投じて整備しても,いつ必要になるかわからない(結局一度も役立つことなく耐用年数を迎える場合もある).
  • 「計画を超える規模の現象」(計画超過外力)には耐えられない.
  • 人間活動の拡大に伴い,対策を実施すべき「危険箇所」が増加し,整備が追いつかない.
 すなわち,ハード対策だけでは限界があるという認識が,1995年頃以降しだいに高まってきた.それにともなって期待が高まってきたのがソフト対策である.ことに,住民を巻き込んだ取り組みに関心が持たれている.
 
 たとえば,平成17年版防災白書(A4版333ページ)では,「序章 迫り来る巨大地震と「備え」を実践する国民運動の展開へ」という26ページの記述があり,その内容は,数ページほど耐震補強に関する記述があるほかは,ほとんどが,ハザードマップ,避難計画,防災まちづくりなど,ソフト対策に分類される内容になっている.本文中にも「第3章 国民の防災活動」という21ページにわたる記述がある.比較のため,平成6年版防災白書(A5版,本文575ページ)をみると,住民にかかわるソフト対策関係の記述としては,「災害時のボランティア活動」と「企業の防災対策と職場での防災活動」という,合わせて10ページほどの節があるのみで,記載されている情報量は比較にならない.
 
 このように,期待の高まっているソフト対策だが,ハード対策とソフト対策の間には決定的な違いがあり,ソフト対策を計画,推進していく上では,この違いを充分理解することが必要である.
 
 ハード対策の諸技術は,設置したり,性能を向上させたりすれば即減災効果を発揮することができた.たとえば,治水ダムは,工事が完了すれば,かりに完工式を行った夕方に豪雨に見舞われたとしても,計画どおりの洪水調節を行えるであろう.いっぽう,ソフト対策の諸技術は,設置・性能向上をしただけでは,直接は減災につながらない.そのソフト対策技術が,人(利用者)に理解され,利用されて初めて効果を発揮すると考えられる.たとえば,「管内の雨量観測所や水位観測所の観測値をインターネットで住民にリアルタイムに公開する『防災情報システム』」が納品され,完工式が行われたとしても,それだけでは,おそらくその夕方に豪雨に見舞われた場合,何の役にも立たない.そのシステムが完成したことを利用者が認識し,情報の読み方を理解し,適切な判断をして避難をすることによってはじめて効果を発揮する.
 
 ハード対策とソフト対策は,設計・施工→システム完成というところまでは共通だが,ハード対策はその後すぐに機能発揮できるのに対して,ソフト対策の場合はその後に「利用者による理解・利用」という,ハード対策にはなかったプロセスが,1段階多く存在しているのである.

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図 ハード対策とソフト対策の違い
 
 ハード対策全盛時代において,災害の教訓を生かすということは,ハード対策施設を増設したり,新技術による施設性能の改善を図ったりすることといっても過言ではなかった.ソフト対策において,新たな情報技術による防災情報システムの開発や,防災情報の質的改善,すなわち「使いやすい防災情報の整備」は,ハード対策における施設性能の改善や,施設増設にあたると考えられ,これはすでに積極的に取り組まれているといっていい.しかし,利用者の理解・利用の改善,すなわち「防災情報を使うための仕組み作り」については,まだ充分取り組まれていないように思われる.
 
 また,一般にソフト対策の「計画想定外力」は明確になっていないことが多い.しかし,ソフト対策もけっして万能ではなく,必ず限界が存在する.ソフト対策の限界にも注意を向けていくことも重要である.
 
 ハード対策とソフト対策は,その効果の現れ方にも相違がある.まず,人的被害については,予測技術,警報制度,その伝達システム,といった災害情報に代表される「ソフト対策」が完全に機能すれば,被害を受けうる人が避難して難を免れるという形で効果を発揮しそうである.経済的被害については,たとえば浸水域に所在していた車を高所に移動させることによって損失を免れるといった効果が考えられるが,移動可能な財物は限られるし,時間的余裕がないことも考えると,特に短期的効果は限定的だろう.構造物に至っては,そもそも基本的に移動が不可能で,短期的効果はほぼ期待できない.土地利用規制や建築基準など,長期的な効果はあり得る.
 
 一方,ハード対策は,人的被害,経済的被害,構造物被害のすべてに対して効果を発揮することが期待できる.計画規模より大きな外力に対しては効果が発揮できない場合があるが,それはソフト対策においても同様である.少し考えてみれば当たり前のことであるが,ソフト対策は主として人的被害の軽減に効果が期待される対策である.ソフト対策はハード対策を代替するものではなく,相互に補完しあうものである.

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図 ハード対策とソフト対策の効果の違い
 
※牛山素行「豪雨の災害情報学」に加筆修正

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2015年7月11日 (土)

そもそも「防災」とは何か

 災害という言葉と同様,「防災」という言葉も,広く,曖昧な意味合いで使われているように思われる.そもそも「防災」とは何だろうか.ふたたび大辞林第2版で「防災」を調べると,極めて単純明快に「災害を防ぐこと」とある.外力が人間社会に作用することによって「災害」となる.「防災」が災害を防ぐことなのであれば,外力が人間社会に作用することを何らかの方法で軽減することが「防災」となると考えられる.近年は「減災」という言葉もよく使われるが,定義上はほぼ同様な意味であるので,ここでは防災という言葉で統一する.
 
 外力そのものを制御すること,例えば地震を起こさなくするとか,台風を消滅させるといったことはきわめて困難だ.しかし,外力を受ける人間社会に対策を施し,その影響を制御することは可能である.
 
 対策の施し方には大別すると,
(1)人間社会に対する外力作用過程への対策
(2)外力が作用した人間社会への対策
の2種類がある.(1)の対策は,例えば洪水防御のために堤防を構築する,災害発生の危険を知らせて人々を避難させる,といったものである.(2)は,破壊された構造物を修復する,遭難した人々を救助するといった内容である.

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 たとえば「被災者支援」や「発災対応」は,いずれもここでいう(2)に当たる.(1)と(2)の対策は,どちらか一方が重要ということはなく,どちらか一方だけやればいいというものではない.強調しておきたいが,筆者は「被災者支援」とか「発災対応」が不要だと言っているのではない.ただ注意したいのは,被災者支援や発災対応「だけ」に注力することは,防災対策の一部だけを一生懸命やっていることになるということである.外力無くして災害は絶対に起こらない.したがって,外力について考えることや,外力への対策を行うこと無視,あるいは軽視して,防災対策を考えるのは不十分である.
 
 わが国の防災政策の根本を定めた法律として,災害対策基本法があるが,同法の中で「防災」は以下のように定義されている.
 
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
二  防災 災害を未然に防止し、災害が発生した場合における被害の拡大を防ぎ、及び災害の復旧を図ることをいう。
 
 この定義は,災害ライフサイクルの考え方に見事に適合している.すなわち,「災害を未然に防止し」が事前の対応,「災害が発生した場合における被害の拡大を防ぎ」が事中の対応,「災害の復旧を図ること」が事後の対応である.災害対策基本法では,防災対策は事前,事中,事後の全過程を対象としていることが示唆されている.
 
 災害が外力発生を中心とした一連の現象であることと同様,「防災」も外力発生を中心とした一連の現象の全体に対して対策を施すことであると考えなければならない.段階的に整理すると「防災」とは,
 
 ステップ1:外力について,正しく,十分に理解する.
  ↓
 ステップ2:外力が人間社会に与える影響を少しでも軽減できる方策を講じる.
  ↓
 ステップ3:その上で,外力の影響を受けた人間社会に手当を施す.
 
といった3ステップ全体を指すはずである.どれか一部を行うだけでは目的は完遂されない.この3ステップはあくまでも一連,一体のものである.

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災害のライフサイクル

 災害を時間軸に沿って整理してみると,「Hazardの発生」という時点を中心として,さまざまな態様を持っていることがわかる.このことを,「災害のライフサイクル」と呼ぶ場合がある(たとえば,京都大学防災研究所,2001).

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 図は,筆者の考える「災害のライフサイクル」である.事前→事中,事中→事後の境界は必ずしも明確ではない.ここでは,事前→事中の境界は,警報の発表など平常とは異なる状況が発生した時点,事中→事後の境界は,被災者自身やごく近くにいる人のみによる緊急避難的対応を終え,地域社会や被災地域外からの組織的対応が始まった時点と考えている.これらの境界,あるいはそれぞれの時点の時間的長さ,態様などは,Hazardの種類によって大きく異なる.
 
 ここで注意しなければならないことは,災害のライフサイクル中のそれぞれの時点において,必要とされる対策・技術が異なるということである.必要とされる技術が異なれば,それに携わる「専門家」も異なることになる.豪雨災害を例に考えてみよう.事中フェーズの初期に発せられる「大雨洪水警報」は,気象庁によって発表される.この時点では,「気象庁」という「専門機関」の必要度が非常に高い.水防施設の防護などの場面では,「水防団」の必要度も高くなる.その後,豪雨が実際に発生し,破堤により洪水が急速に広がったとする.このような,災害進行中の時点ではもはや「気象庁」の必要度はほとんどなく,個人や,末端の防災支援組織(消防団等)がもつ「状況対応能力」の必要度が高くなる.洪水の拡大が収まった後(事後フェーズの始まり)は,消防機関などの救援組織や,医療機関などの必要度が高まる.浸水が引いた後は,後片付けのボランティアなどの必要度が高まり,復興の推進には,都市計画の専門家の役割が重要になるだろう. 
 
 漠然と「防災を考え」ても,考えなければならないことがあまりに広範にわたり,挫折してしまう.まず,それぞれの地域において起こりうるHazardの種類を考え,それぞれのHazardによって引き起こされる災害のライフサイクルを描く.そのライフサイクルの中で,その地域ではどこが弱いかを点検してみる.こうすれば,その地域において重要なことを検出することができるかもしれない.その上で,「弱いところ」にかかわる専門家の協力を得て,「弱いところ」の改善を図る.このように,災害の構造を整理して考えることが,「防災を考える」第一歩となる.「防災を考える」ために,闇雲に「地震の専門家の話を聞く」,「避難訓練をする」などの行動を起こしても,それが本当にその地域の「防災を考える」ために重要なことかどうかはわからない.ステレオタイプ的な「防災」の概念にとらわれず,その地域が災害に見舞われる姿を,具体的にイメージすることがまず重要である.
 
牛山素行「豪雨の災害情報学」より抜粋
 
[参考文献]
京都大学防災研究所編:防災学ハンドブック,朝倉書店,724p.,2001.

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そもそも「災害」とはなにか

 あえて刺激的な表現を使うが,「地震は災害ではない」.あるいは「台風」も災害ではないし,「津波」も災害ではない.大辞林第2版で「災害」を調べると,「地震・台風・洪水・津波・噴火・旱魃(かんばつ)・大火災・伝染病などによって引き起こされる不時のわざわい.また,それによる被害」とある.すなわち,地震,台風などは災害を引き起こす原因となる自然現象であり,災害ではない.専門的な言葉では,これらをHazardと呼ぶ.Hazardを指す日本語として一般に定着しているものはないが,たとえば水谷(2002)は「自然力」,日本自然災害学会(2002,事項執筆・渡辺正幸)は「加害力」と呼んでいる.「外力」という言葉が使われる場合もあり,ここでは「外力」を用いる.
 
 外力が自然界だけに作用した場合,それは自然の営みにすぎない.しかし,同じ規模の外力が人間社会に作用すれば,それは災害となる.ごく単純な例を挙げれば,砂漠の真ん中で巨大地震が発生しても,それは災害にはならない.しかし,同じ規模の地震が人口密集都市付近で発生すれば災害となりうる. 

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図 1 外力と災害
 
 すなわち,外力だけでは災害は起こらない.災害に関して考えるとき,ともすれば外力の大きさ,激しさに目が向けられがちだが,外力の激しさは災害を引き起こす要素の一つであり,それだけで災害の規模が決まるものではない.
 
 例を挙げよう.2008年6月14日に発生した平成20年岩手・宮城内陸地震は,マグニチュード7.2,最大震度6強(岩手県奥州市,宮城県栗原市)が記録された.近年のわが国で発生した地震としては比較的規模の大きな地震であり,特に山間部で大規模な地すべり,斜面崩壊,土石流などが発生した.写真 1は,宮城県栗原市の荒砥沢ダム上流域で発生した大規模地すべりで,幅900m,長さ1400m,移動土砂量約7000万立方メートルと推定されている(井良沢ら,2008).これは,日本で明瞭な記録が残っている地すべりの中でも最大規模の現象である.広範囲にわたって地形が大きく変化したため,付近の道路などは大きく損壊したが,この地すべりに起因する損壊家屋,人的被害はともに皆無である.また,この地震による被害の合計は,死者・行方不明者23名,住家の全壊30棟,半壊146棟などであった(総務省消防庁,2009a).

P1010066s

写真1
 
 近年の他の被害地震として,例えば2007年7月16日の新潟県中越沖地震(マグニチュード6.8,最大震度6強)による被害は,死者15名,住家全壊1331棟,半壊5709棟などとなっている.岩手・宮城内陸地震と中越沖地震は,人的被害は同程度だが,家屋被害の量は比べものにならない.地震の規模だけで見れば,岩手・宮城内陸地震の方がむしろ大きいと見なせる.まさに,外力の大きさが,被害を直接決めるものではないことを示唆している.
 
 一方,当然のことであるが,外力無くして災害は発生しない.「災害の風景」というと「避難所でつらい生活を送る被災者」であり,「災害への対応」とは被災者支援,ボランティアであるといったイメージが持たれやすいかもしれない.しかし,構造的に考えると,「被災者」は外力が社会に作用し,かつ社会の許容力を越えなければ発生しない.無論,被災者支援が重要なことは言うまでもない.しかし,被災者支援が災害対策のすべてではない.外力があり,それを受ける社会があり,その結果として被災者が生じるのである.
 
 外力にばかりに目を向けることも適切ではない.しかし,それと同様に被災者にばかり目を向けることも適切ではない.我々は,災害というものを,外力発生を中心とした一連の現象としてとらえていかねばならない.
 
[参考文献]
井良沢道也・牛山素行・川邊洋・藤田正治・里深好文・檜垣大助・内田太郎・池田暁彦:平成20年(2008)岩手・宮城内陸地震により発生した土砂災害について,砂防学会誌,Vol.61, No.3, pp.37-46,2008.
水谷武司:自然災害と防災の科学,東京大学出版会,207p.,2002.
日本自然災害学会:防災事典,築地書館,543p.,2002.
総務省消防庁:平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震(第78報),http://www.fdma.go.jp/detail/811.html,2009a.
総務省消防庁:平成19年(2007年)新潟県中越沖地震(第52報),http://www.fdma.go.jp/data/010909161410293740.pdf,2009b.

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2015年6月22日 (月)

日本の年降水量について

 以前から要確認だと思っていた「日本の年降水量の平均」について簡単に調べたので以下にメモ.「日本の年降水量の平均」は自明のように思えるけど意外に難しい.
 
 気象庁関係の資料では,「日本の年降水量の平年値」という値は明示的には確認できない.似たような情報としては,ホーム > 各種データ・資料 > 地球環境・気候 > 地球温暖化 > 気温・降水量の長期変化傾向 > 日本の年降水量 http://goo.gl/Vspl3y がある. これは国内51地点について,各地点の年降水量平年値に対する各年の平年偏差を,各年ごとの平均したものなので,「日本の年降水量平年値がいくらで,今年の年降水量平均値との差はいくら」というものではない.
 
 いくつかの文献には「日本の年平均降水量は1690mm」の記述が見られる.出典は国土交通省「日本の水資源」 http://goo.gl/8JpCnv 「年平均降水量は1690mm(1981年から2010年)の全国約1300地点の資料をもとに国土交通省水資源部で算出)」とある.1690mmの算出法は明示されていないのだけど,実用上の指標としては「日本の水資源」を出典として「日本の年平均降水量は1690mm」と説明して何も問題は無いと思う.ただいちおう雨量使いとしては何となく気になるので,自分でも確認してみた.
 
 気象庁の「平年値2010」から集計すると,AMeDAS観測所で年降水量平年値が得られるのは1134ヶ所で,これを単純に平均すると1724mmとなる.AMeDAS平年値は1981-2010年に統計年数8年以上で欠測年数が統計期間の20%以下とされているので,少し統計期間の短いデータも含まれている.より厳密に統計年数30年の観測所のみで年降水量を平均すると,980ヶ所,1717mmとなる.
 
 AMeDAS平年値から単純計算すると「日本の水資源」の1690mmと微妙に異なる数字となる.「日本の水資源」では「全国約1300地点の資料」とあるので,おそらくAMeDASを使っていると想像されるけど,もしかすると国交省観測所を使っているかもしれない.いずれにせよ,その差はわずかで,多少の定義の相違によってこれくらいの差は出てくると思われるので,1690mmが正しくて1724mmは間違いとか,そういった話では無い.
 
 そもそも,正確な「日本の国土全体の平均的な年降水量」などを出すのは極めて困難で,あまり細かな議論をしても意味は無い.このことについては,先に挙げた気象庁の頁に関連しても「世界と日本の気温、降水量の経年変化に関して、よくある質問」 http://goo.gl/WIRuZX として説明がある.
 
 この「細かな議論をしても意味が無い」ということを専門外の人にいかに納得してもらうかが,とても難しい課題とは思うが.
 
 用途によるが「自分の居住地の年降水量は全国平均の比べてどのくらいだろう」などと考えるときのおよその目安としての「日本の年降水量」は,「約1700mm」くらいに表現するのが適切ではないかと思うが,どうだろう.

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2014年9月 9日 (火)

防災人材育成カリキュラムとハザード教育

9月8日,内閣府主催の「防災スペシャリスト養成研修」 http://goo.gl/iyU4aK で「風水害メカニズム」という講義を行いました.牛山が風水害メカニズムを教えられるのか,というご批判はありそうですが・・・
 
ハザード関係(地震,気象などのメカニズム)が専門の方が防災スペシャリスト養成研修 http://goo.gl/iyU4aK のカリキュラムを見ると,違和感があるかもしれません.ハザード(自然科学的な話)がほとんどないじゃないか,という.
 
しかし,この研修のカリキュラムを考える過程の,内閣府「防災スペシャリスト養成研修」企画検討会 http://goo.gl/9X0V1v でもいろいろな議論があって,今後カリキュラムが見直されても,たぶんハザードの話は減ることはあっても,増えることはないと思います.防災の実務的な研修の場において,限られた時間内でどの話題を取り上げるかとなると,自然科学的な話の重要度は必ずしも高くない,ということになることは否定できません.
 
無論,ハザードがまるきり軽視されているわけではなく,ハザード(自然科学的な話)については,e-ラーニングで代替しやすいのでは,という見方もあります.受講者を集めての講義の時間はどうしても限られるわけで,代替手段があるのならば,まあ,やむを得ないかなと思っています.
 
講義内容などについていろいろ意見は分かれるかもしれませんが,「防災スペシャリスト養成研修」という形で,国自身が自治体等の防災実務者をトレーニングする機会を構築したことはとても意義があると思っています.
 
静岡大学で行っている防災フェロー養成講座 http://goo.gl/bGJ6e も,防災実務者を主対象としています.この講座では,ハザード寄りの話の方がどちらかというと多くなっています.防災フェロー養成講座で,自然科学的な話が多いことは,受講生には必ずしも不評ではないのですが,こうしたプロジェクトを評価する側の,防災を専門としない方々からは著しく評判が悪いのが実情です.「防災人材育成は理系の座学なんかやっていないでもっと実践的なことをやるべし」などといったご批判をいただきます.防災フェロー養成講座では,地学の野外巡検とか,地震計を使っての計測実習とか,社会調査演習とか,地域調査演習とかをやっているのですが,そういうのはみんな「非実践的な座学」のように受け止められてしまうようです.
 
防災教育(人材育成)に,ハザード・自然科学の話はほんのちょっとでいい,という考え方の正否は何とも言えませんが,「社会」に近い側の考え方はどちらかと言えばそれに近いらしい,というのが現実なのかな,と思います.「防災のためには国民全員が自然科学的基礎を養うべきだ」などとどなっても,社会は受け入れてはくれないでしょう.どうしたらよいのか,いろいろな試行錯誤が必要だと思います.
 
内閣府「防災スペシャリスト養成研修」も,けっしてこの研修カリキュラムだけに統合されていくべしという話になっているわけではありません.研修主体などによってそれぞれ特色を持った研修があることは悪い話ではありません.いろいろな機会を用意することが重要だと思います.
 

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2014年6月12日 (木)

土砂災害時の避難で「前兆現象」に頼ることは危うい

土砂災害からの避難を考える上で,「前兆現象」に頼るのはとても怖い.前兆現象がそもそも発生しない,発生しても気がつかない,気がついても時間的に間に合わない,といった可能性が少なくないからである.「前兆現象」がもてはやされるのは,この「情報」が,「本当に被害が出そうなところだけ避難させたい・したい」という欲求をかなえてくれそうな期待が持たれるからではなかろうか.

はっきり言って,土砂災害発生場所を,時間・場所ともにピンポイントで予測することはきわめて困難である.ただし「起こりうる場所」は地形からかなりわかるので,豪雨時にはそういう場所で特に警戒する,という対応だけでも「市内全域」に比べたら警戒すべき場所をかなり絞り込むことは可能である.

土砂災害が「起こりうる場所」は,土砂災害警戒区域,同特別警戒区域,急傾斜地崩壊危険区域,土石流危険渓流などとして公表されていて,各種ハザードマップにも表示されていることが多い.人が死ぬような現象の発生場所を,時間・場所とも正確に予測して,そこだけ避難勧告,なんてことは現状絶対にできない.だから,現状で使える情報を列挙してこれらを活用してくれないだろうか,というのが内閣府「ガイドライン」の趣旨だと理解している.

避難の呼びかけにしても「避難勧告出す・出さない」の二択でなくて,避難準備情報→避難勧告→避難指示と,少なくとも3段階の情報を活用しようよ,というのも「ガイドライン」の趣旨.避難準備情報は「要援護者とその支援者のためだけの情報」ではないことも強調したいところである.避難の呼びかけに段階をつけることによって,いきなり「市内全域避難勧告」を避けられないかな,と個人的には期待している.

土砂災害の前兆については,国交省がいい調査をしている.土砂災害警戒避難に関わる前兆現象情報検討会(平成17年度) http://goo.gl/ULykJk この調査結果がどこかの学会で報告されたのを聞いた記憶があるが,ふわふわした話をよくぞここまで,と関心したことを覚えている.

この調査では,H16,17年の土砂災害のうち,前兆現象・現象発生時刻を確認できた事例として,土石流52件,がけ崩れ12件が挙げられている.これら事例から,「前兆現象としてどんなものがあるか」はよく整理されている.注意すべきは,この52+12=64件の分母がよくわからない,というところ.H16,17年の土砂災害発生件数が報告書に明示されていないが,1.はじめにの記述から類推すると少なくとも2800件以上となる.調査方法がよくわからないので断言できないが,2年間で2800件以上の土砂災害があって,その中ではっきりした前兆現象をつかむことができたのは64件,とも読み取れる.かなり苦労して探しても,実例は多くない,と読み取るべきものだろう.

土砂災害の前兆現象というものは現に存在するので,「前兆現象を覚知したのに何もしなかった」といったことは避けなければならない.その意味で,前兆現象について周知を図ることは当然必要であろう.一方,「土砂災害には前兆現象があるものだ」という思い込みも避けなければならない.「前兆現象を確認していないので避難は呼びかけない」などといったことになると,話がずれてきている.

個人的には,「怖いくらいの大雨」,「あまり見たことのないくらいの川の増水」でも,十分「土砂災害の前兆現象」だとおもう.「川の増水に気をとられていて土砂災害を注意していなかった」という「よくある話」はその意味でとても悲しい.日本で,山と川がある場所にその地域としては多量の雨が降って,(内水だけじゃなくて河川からあふれるくらいの)洪水だけが発生して山は一切崩れない,なんて状況は,ちょっと想像がつかない.斜面がある場所では河川洪水と土砂災害はほぼセットだと考えて,対応する必要があるだろう.

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土砂災害警戒情報が出たのに避難勧告を出さなかったことは「けしからん」ことではない

最近の大雨事例で,「土砂災害警戒情報が出たのに避難勧告を出さなかった!,けしからん」といった論調が一部に見られるが,適切でないように思われる.

内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」 http://goo.gl/49mUIR では,避難勧告の判断に様々な情報を活用してほしい,と促しているが,この「ガイドライン」を通じて,「土砂災害警戒情報が出たら避難勧告を出すこと」という「ルール」を決めているわけでは断じてない.「ガイドライン」で「何それ情報が出たらこれこれせよ」という「ルール」が決まったととらえられるのだとすれば,これは本末転倒である.

「ガイドライン」の文言をそのまま引用すると,たとえば土砂災害警戒情報は「避難勧告の発令の判断材料とする」,となる.言うなれば,「土砂災害警戒情報が出たら避難勧告を出すかどうか考えてくれないかなあ」,という話である.参考にすべき情報を挙げるから,個別具体的な対応方法を各地域で考えてほしい,というのがこの「ガイドライン」趣旨だと私は理解している.

「土砂災害警戒情報も出ていたのだから避難勧告すべきだった」といった趣旨の論評が出ると,しばしば「いや,あのときはああでこうで,だから避難勧告はしなかった」的な「反応」が行政機関などからが出てくることがある.このことは特におかしなことだと思わない.むしろ,「あのときは,ああでこうで,だから避難勧告しなかった」という情報を詳細かつ堂々と提示することが重要だと思う.それは「言い訳」ではなくて「貴重な教訓情報」である.だけど行政機関がそれを言いにくいという「空気」が強いことは現実であり,大変不幸なことだと思う.

報道で出てくる行政機関の発言としての「避難勧告をしなかった理由」は,切り取られて本質を伝えていないことが少なくない.だからマスコミはだめだ,ということではなくて,限られたスペース・時間で伝えなければならないメディアの事情を考えれば,そういうものだと思って情報受信者側が理解するものだと思う.

ただ,今や情報発信手段はマスコミだけではないのだから,「避難勧告をしなかった理由」の詳細を,行政機関が資料として公表することは可能だろうと思う.それを「いいわけ」とかいう人たちがいるだろうけど,できれば行政機関も堂々と反論や詳細情報を発信してほしいし,そういう動きはぜひ応援したいと思う.

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