防災情報による津波災害の人的被害軽減に関する実証的研究,
今となっては空疎なタイトルですが,筆者はかつてこのような論文を書いています.
牛山素行・金田資子・今村文彦,2004:防災情報による津波災害の人的被害軽減に関する実証的研究, 自然災害科学,Vol.23, No.3, pp.433-442.
http://disaster-i.net/notes/2004JSNDS-tsunami.pdf
筆者が近年行っている,豪雨災害時の犠牲者に関する研究の原点的な研究です.
この論文では,1983年日本海中部地震と1993年北海道南西沖地震による津波犠牲者を対象に,「早期に情報が提供され,理想的な避難行動が行われたらどの程度の犠牲者が軽減できた可能性があるか」を推定しました.その結果,軽減できた可能性がある犠牲者は,日本海中部の場合23名(全犠牲者の23%),北海道南西沖では12名(同16%)と,かなり限定的であるということになりました.
この主な理由は,地震発生時に犠牲者がいた場所と,安全圏と思われる場所の距離が離れている犠牲者が多く,早期に避難しても結局間に合わなかったと推定されるケースが多かったことによります.日本海中部では津波到達時間が地震後十数分,南西沖では5分程度と,リードタイムが短かったためにこのような結果となっているとも言えます.
今回のばあい,リードタイムがどの程度かはまだよくわかりませんが,例えば陸前高田市の場合,現場に遭遇した岩手日報記者の記事(3/13付)によると,15時25分に市役所から「高田松原の水門を津波が越えました」のアナウンスがあったとのことなので,致命的な津波の到達までのリードタイムは陸前高田では約40分(2400秒)あった事になります.
上述の論文で用いた,徒歩による津波避難に要する時間を計算する式に当てはめると,40代の人で3350m,60代以上でも1320mの避難が可能という結果になります.陸前高田で見れば,津波の到達した高田小学校付近から,市街地と高田松原の境目に位置する国道45号バイパスあたりまででも道路沿いに計測して1300mくらいですから,計算上は市街地のほとんどの人に有効なリードタイムがあったということになります.
しかし,実際には多くの人が犠牲となっています.上記の推定では,避難開始までの所要時間を2分として計算していますが,実際にはこの時間がもっと多くかかったのかも知れません.また,車での避難も広く行われており,その結果として渋滞の発生もあったようで,こういった影響もあるでしょう.
【追記】
書き落としましたが,時間の問題だけではなく,範囲の問題もあります.「ここまで来れば大丈夫」と考えられていた場所を大きく越えるところまで津波が来たわけですから,単純に「逃げ遅れ」で片付けられることではありません.リードタイムがあったということは「できることはまだあった」ということになりますが,ではこの津波が起こる前の時点でその「できること」を計画し,推奨できる人がいたかどうかは,極めて疑問です.
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