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2014年6月28日 (土)

あらためて「避難」を考える

6月25日付け静岡新聞「時評」欄に掲載された筆者の寄稿記事です.
「災害時には避難所に避難することが正しい行動,とは限らない」と発言をすると,「避難するなというのかっ」と激しく怒る方が時々います.まあ落ち着いて,話を聞いていただけませんでしょうか.
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あらためて「避難」を考える
 「災害時には避難所に避難することが正しい行動だ」と思っている人も多いかもしれない.この認識は間違いではないが,常に正しいとも言いかねる.「どのように避難するかは災害の種類や状況によって異なる」と考えるのが適切である.
 まず,地震災害の場合,避難所へ行く必要性が生じるのは,自宅で日常生活が送れなくなった場合である.必要もないのに多くの人が避難所に集まることは社会的負担を大きくすることにつながり,推奨されない.地震防災の重要な目標のひとつは,耐震化推進等により,震災時に避難所に行かねばならない人を減らすことである.
 積極的に避難しなければならないのは津波の危険がある場合である.海岸付近で強い地震に見舞われた場合は,一刻も早く高いところや海岸から離れた場所に避難することが最善だろう.決められた避難所・避難場所だけにとどまらず,時間的余裕があればさらに高所に避難することも効果的である.
 洪水災害は少し話が難しくなる.洪水の危険があるところにいて,台風時など比較的早い段階で大雨の危険性が予測されるような場合は,少し遠方でも確実に安全と思われる避難所への移動は意味がある.しかし,すでに周囲が浸水してしまった場合は,水の中を無理に乗り越えて避難所に行くことは適切でない.
 筆者の調査では,近年の大雨による溺死者の8割以上が屋外で遭難しており,豪雨時に屋外を移動することは極めて危険な行為である.家屋が川沿いに建っているなどの場合を除けば,洪水で最近の木造家屋が流される危険性は低い.浸水時には二階以上の建物に退避することも次善の策としては有効であり,このような行動を最近は「垂直避難」と呼ぶ場合もある.
 最も難しいのが土砂災害の場合である.土砂災害の危険性がある場所では,洪水と同様に早期避難が可能な場合は遠方でも確実に安全と思われる避難所に行くことが適切である.しかし,激しい雨が始まってしまった場合,木造家屋の二階への退避は推奨できない.土石流やがけ崩れに直撃された場合,最近の木造家屋であっても完全に倒壊して犠牲者を生じる可能性があるからだ.早期避難ができなかった場合は,土砂が流れやすい谷筋から少しでも離れた場所の,なるべく堅牢な建物に移動するなどの行動が次善の策となる.
 まずは,自分の身の回りでどのような種類の災害が起こりうるかを,ハザードマップなどを参照して理解し,どのように行動するか日頃から考えておくことが重要だろう.

2014年6月12日 (木)

土砂災害時の避難で「前兆現象」に頼ることは危うい

土砂災害からの避難を考える上で,「前兆現象」に頼るのはとても怖い.前兆現象がそもそも発生しない,発生しても気がつかない,気がついても時間的に間に合わない,といった可能性が少なくないからである.「前兆現象」がもてはやされるのは,この「情報」が,「本当に被害が出そうなところだけ避難させたい・したい」という欲求をかなえてくれそうな期待が持たれるからではなかろうか.

はっきり言って,土砂災害発生場所を,時間・場所ともにピンポイントで予測することはきわめて困難である.ただし「起こりうる場所」は地形からかなりわかるので,豪雨時にはそういう場所で特に警戒する,という対応だけでも「市内全域」に比べたら警戒すべき場所をかなり絞り込むことは可能である.

土砂災害が「起こりうる場所」は,土砂災害警戒区域,同特別警戒区域,急傾斜地崩壊危険区域,土石流危険渓流などとして公表されていて,各種ハザードマップにも表示されていることが多い.人が死ぬような現象の発生場所を,時間・場所とも正確に予測して,そこだけ避難勧告,なんてことは現状絶対にできない.だから,現状で使える情報を列挙してこれらを活用してくれないだろうか,というのが内閣府「ガイドライン」の趣旨だと理解している.

避難の呼びかけにしても「避難勧告出す・出さない」の二択でなくて,避難準備情報→避難勧告→避難指示と,少なくとも3段階の情報を活用しようよ,というのも「ガイドライン」の趣旨.避難準備情報は「要援護者とその支援者のためだけの情報」ではないことも強調したいところである.避難の呼びかけに段階をつけることによって,いきなり「市内全域避難勧告」を避けられないかな,と個人的には期待している.

土砂災害の前兆については,国交省がいい調査をしている.土砂災害警戒避難に関わる前兆現象情報検討会(平成17年度) http://goo.gl/ULykJk この調査結果がどこかの学会で報告されたのを聞いた記憶があるが,ふわふわした話をよくぞここまで,と関心したことを覚えている.

この調査では,H16,17年の土砂災害のうち,前兆現象・現象発生時刻を確認できた事例として,土石流52件,がけ崩れ12件が挙げられている.これら事例から,「前兆現象としてどんなものがあるか」はよく整理されている.注意すべきは,この52+12=64件の分母がよくわからない,というところ.H16,17年の土砂災害発生件数が報告書に明示されていないが,1.はじめにの記述から類推すると少なくとも2800件以上となる.調査方法がよくわからないので断言できないが,2年間で2800件以上の土砂災害があって,その中ではっきりした前兆現象をつかむことができたのは64件,とも読み取れる.かなり苦労して探しても,実例は多くない,と読み取るべきものだろう.

土砂災害の前兆現象というものは現に存在するので,「前兆現象を覚知したのに何もしなかった」といったことは避けなければならない.その意味で,前兆現象について周知を図ることは当然必要であろう.一方,「土砂災害には前兆現象があるものだ」という思い込みも避けなければならない.「前兆現象を確認していないので避難は呼びかけない」などといったことになると,話がずれてきている.

個人的には,「怖いくらいの大雨」,「あまり見たことのないくらいの川の増水」でも,十分「土砂災害の前兆現象」だとおもう.「川の増水に気をとられていて土砂災害を注意していなかった」という「よくある話」はその意味でとても悲しい.日本で,山と川がある場所にその地域としては多量の雨が降って,(内水だけじゃなくて河川からあふれるくらいの)洪水だけが発生して山は一切崩れない,なんて状況は,ちょっと想像がつかない.斜面がある場所では河川洪水と土砂災害はほぼセットだと考えて,対応する必要があるだろう.

土砂災害警戒情報が出たのに避難勧告を出さなかったことは「けしからん」ことではない

最近の大雨事例で,「土砂災害警戒情報が出たのに避難勧告を出さなかった!,けしからん」といった論調が一部に見られるが,適切でないように思われる.

内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」 http://goo.gl/49mUIR では,避難勧告の判断に様々な情報を活用してほしい,と促しているが,この「ガイドライン」を通じて,「土砂災害警戒情報が出たら避難勧告を出すこと」という「ルール」を決めているわけでは断じてない.「ガイドライン」で「何それ情報が出たらこれこれせよ」という「ルール」が決まったととらえられるのだとすれば,これは本末転倒である.

「ガイドライン」の文言をそのまま引用すると,たとえば土砂災害警戒情報は「避難勧告の発令の判断材料とする」,となる.言うなれば,「土砂災害警戒情報が出たら避難勧告を出すかどうか考えてくれないかなあ」,という話である.参考にすべき情報を挙げるから,個別具体的な対応方法を各地域で考えてほしい,というのがこの「ガイドライン」趣旨だと私は理解している.

「土砂災害警戒情報も出ていたのだから避難勧告すべきだった」といった趣旨の論評が出ると,しばしば「いや,あのときはああでこうで,だから避難勧告はしなかった」的な「反応」が行政機関などからが出てくることがある.このことは特におかしなことだと思わない.むしろ,「あのときは,ああでこうで,だから避難勧告しなかった」という情報を詳細かつ堂々と提示することが重要だと思う.それは「言い訳」ではなくて「貴重な教訓情報」である.だけど行政機関がそれを言いにくいという「空気」が強いことは現実であり,大変不幸なことだと思う.

報道で出てくる行政機関の発言としての「避難勧告をしなかった理由」は,切り取られて本質を伝えていないことが少なくない.だからマスコミはだめだ,ということではなくて,限られたスペース・時間で伝えなければならないメディアの事情を考えれば,そういうものだと思って情報受信者側が理解するものだと思う.

ただ,今や情報発信手段はマスコミだけではないのだから,「避難勧告をしなかった理由」の詳細を,行政機関が資料として公表することは可能だろうと思う.それを「いいわけ」とかいう人たちがいるだろうけど,できれば行政機関も堂々と反論や詳細情報を発信してほしいし,そういう動きはぜひ応援したいと思う.

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