「避難準備情報」の言葉の変更に思うこと
「避難準備情報」の言葉がわかりにくいので変更すべきでは,という議論があるので,筆者の考えをメモしておきたい.
「避難準備情報」がはじめて明文化された2005年「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」では,「避難準備(要援護者避難)情報」と表記され,要援護者等は避難行動を開始,他の者は避難準備を開始,が「求める行動」とされていた.2005年版ガイドライン作成の背景は,2004年が10個の台風が上陸するなど風水害が多く,避難勧告発令をためらったケースや,要援護者等が犠牲となったケースが目立ったことがあったように筆者は受け止めている.
2005年版ガイドラインやその検討報告をみると,このときの避難準備情報は,避難勧告より早い段階でなんらかの行動を促すという意味もあったが,どちらかというと要援護者に対する支援という意味合いが強かったように感じられた.
なお,2005年版ガイドラインの重要事項は,避難準備情報の規定もあるが,避難勧告の客観的基準や,その発令範囲を明確化するための目安を示した点も大きかっただろうと,筆者は評価している.
しかし,その後も「避難勧告の発令をためらう」というケースが後を絶たず,特に2013年伊豆大島,2014年広島での避難勧告の遅れがかなり話題となった.判断基準にも課題はあったが,「避難勧告を出す」ということのハードルの高さも一因ではと議論された.「避難勧告を出す」のハードルとは,空振り批判を恐れる,避難所開設や役所内の体制立ち上げなど費用面の不安など,さまざま.
ガイドラインで,避難勧告より前段階に出せる「避難準備情報」がありながら「避難準備情報は要援護者向けの情報」と思われ,一般住民も含めた「勧告の前段階の情報」として活用されなかった側面も.このあたり,いくつかの災害事例を見た印象として筆者自身が持っていることだけど,もっと定量的に当時調べておくべきだったと反省している.
こうした教訓から,2015年版ガイドラインでは,(要援護者避難)がとれ「避難準備情報」に明快化された.また要配慮者の立ち退き避難とともに,他の者も「立ち退き避難の準備を整えるとともに<中略>自発的に避難を開始することが望ましい」とされた.
今仮に,避難準備情報を「要配慮者避難情報」等に変更する場合,いわば2005年ガイドラインへの回帰とも言える状況となる.しかしそうなると,避難勧告より早い段階で要支援者以外の人に注意を喚起する意味は非常に読み取りにくくなる気がする.
「一般向け避難準備情報」と「要配慮者避難情報」を設ける,という考え方もありうる.しかし,両者の発令基準を変えることは合理的でないと思われ,ただでさえ複雑だとされる避難関連情報がさらに複雑化することが懸念される.
合成して「避難準備・要配慮者避難開始情報」とするという考えもありそうだ.しかし,もともと「わかりにくい」という話から始まったのに,この言い回しが「わかりやすい」といえるだろうか.たとえばYahooの避難情報ページ https://goo.gl/1oC2gj では,避難準備情報は「避難準備」と4文字に略記され,避難指示(赤),避難勧告(橙),避難準備(黄)と色分け表示されている.「要配慮者避難情報」となったら?
かりに「避難準備情報」の語を変える場合,すでにある程度定着して,全国各地のハザードマップ,防災関連資料等に記載された言葉をすべて書き換え,新たな言葉を普及啓発していくという大きなコストが生じることも懸念される.避難勧告,避難指示も含めて,たとえばすべて数字で示すとかの抜本的な改定を行うならばこうしたコストも意義があるように思うが.部分的な用語変更ではどうだろう.
筆者も「避難準備情報」という言葉がわかりやすく,ベストな言葉だとはおもわない.しかし,「要配慮者が避難開始するという意味がわかりにくい」という理由で,この言葉だけを変えることは,防災関連情報全体としてのメリットがあまり大きくないように感じられる.
無論今のままでよいとは思わない.しかし,言葉を換える以外の改善策も考えてもいいのではなかろうか.意味の周知を徹底することは当然考えられる.単に「避難準備情報発令」というだけでなく,その意味を合わせてアナウンスすることを定型化するなどもありだろう.防災気象情報や河川水位情報で導入されているような,「色」を決めて表記するなどもありそうだ.
どうするにせよ,改善するためには,こうした思いつきの羅列ではなく何らかの根拠の積み上げが必要だろう.時間がないが,筆者自身も努力してみたい.