時評=災害教訓に学ぶ難しさ 多くの事例収集重要
9月18日付け静岡新聞に下記寄稿をしました.「ある災害事例の教訓「だけ」に注目することは,かえって危険な対応をもたらすこともありうる」というお話.ぼうさいを教えたがる人が怒り出しそうな話だとは思っていますが.
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時評=災害教訓に学ぶ難しさ 多くの事例収集重要
「過去の災害教訓に学べ」といった話をよく聞く.これは無論重要なことだ.しかし,ある災害事例の教訓「だけ」に注目することは,かえって危険な対応をもたらすこともありうる.
1982年5月26日に発生した日本海中部地震では,主に津波により104人の犠牲者を生じたが,被害の多かった秋田県内で「地震が起きたら浜へ出ろ」という言い伝えがあり,実際に地震直後に海岸に向かって避難した人もいたことが話題となった.1939年に同県内で発生した地震の犠牲者(27人)の多くが建物倒壊や土砂災害で死亡したことからこのような言い伝えが生じたのでは,と考えられている.また,本来はこの言葉の後に「浜へ出たら山を見ろ,動かなかったら山へ登れ」が続いていた,とも言われている(1982年5月29日付秋田魁新報).
こんな言い伝えを信じることは現在では考えられない,と感じるかもしれない.しかし,似たようなことは現代でも決して無縁ではない.たとえば平成30年7月豪雨で大規模な浸水被害を受けた岡山県倉敷市真備地区では,1976年の水害を経験した住民が「大雨が来ても、あの時くらいだろう」と考え,結果的に天井まで浸水した自宅から救助された話が報じられている(2018年7月20日付読売新聞).過去に災害を経験した事が,かえって次の災害時の適切な行動を阻害することは「経験の逆機能」とも呼ばれ,しばしば見られることが知られている.
自然災害を構成する個々の要素,例えば「大雨が降ったら川があふれる」「深夜に大雨が降った」といったことは,過去から繰り返し生じているが,それらの組合せは無数にある.ある災害の「教訓」とは,こうした無数の組合せの一つに関わる「教訓」にすぎない.「様々な災害事例の教訓」に学ぶことが重要だろう.
日本海中部地震の例では,「浜へ出ろ」の後に続いていた言葉が欠落したらしい,という点も注目される.災害の教訓や知識が,時を経ると簡略化されてしまう事がありうることを示唆している.災害に関する情報を「簡単に」「わかりやすく」とよく言われるが,言葉を「簡単に」することで,致命的に誤った情報を伝える可能性があることには,十分注意しなければならないだろう.
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