今は新型コロナウィルス感染症で大変で,洪水・土砂災害の避難の話なんかしてられないよ,と思われるかもしれません.その気持ちもよく分かります.しかし,もしかすると現在の状況下で重要となってくるかもしれないポイントがあると思いましたので,話を絞って書き述べてみることにしました.とは言っても,極力誤解を避けるために,回りくどい長文(約5800字)です.図表は取り急ぎ,省略しています.
■3月末に公表された水害時の「避難」に関する報告書から
2020年3月31日に,2019年の洪水・土砂災害での課題を踏まえた様々な取組について,3つの報告書が公表されました.
●内閣府
令和元年台風第19号等を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)
http://www.bousai.go.jp/fusuigai/typhoonworking/index.html
●国土交通省
河川・気象情報の改善に関する検証報告書
https://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo03_hh_001018.html
●気象庁
防災気象情報の伝え方の改善策と推進すべき取組について
~令和元年度に実施した「防災気象情報の伝え方に関する検討会」における検討結果~
http://www.jma.go.jp/jma/press/2003/31a/20200331_tsutaekata_report2.html
これら3点の報告は相互に連動しており,私はいずれにも委員または助言者として参加させていただきました.無論,以下の文章はこれらの検討会等とは無関係で,私の個人的な考えです.
一連の報告書で述べられていることは,基本的にはこれまでの取組の強化や,制度周知の徹底が中心と言っていいでしょう.情報の伝え方や強調の仕方の工夫はありますが,「新たな情報の新設」などはありません.これは良いことだと思います.ここ十数年,目立った洪水・土砂災害が起こる都度,その「教訓」を「生かし」,「『わかりやすい』情報や制度」が新設される,といったことが繰り返されてきました.その結果,「『わかりやすい』情報」が多く,複雑になり,その整理が必要ではないかという声も上がるようになりました.
昨年2019年3月29日に公表された内閣府「避難勧告等に関するガイドライン(平成30年度)」は,「警戒レベル」という5段階の数字による表に様々な情報を当てはめることにより,複雑化した情報の整理の第一歩としたものと,筆者はとらえています.今回の一連の検討では,このガイドラインは改定されませんでした.これも私は良かったと思っています.毎年のように改定されるガイドラインは,「改善」ではありましょうが,それを普及させる自治体の現場,受け止める私たちの社会のことを考えれば,あまり良いこととは言えないと私は思っています.
今回の3点の報告書で,注目されるポイントはいくつかあるのですが,昨今の状況に関わりそうな一点に絞って話を続けます.それは,洪水・土砂災害時の避難については,
「避難イコール避難所Go! だけ,ではない」
ということだと思います.これは,今回の報告書で新たに出てきた話ではなく,近年のガイドライン等でもたびたび強調されているところで,今回更に強く呼びかける方向が示されたものと理解しています.
このようなことを言うと,「行政は避難せよと言っているではないか,避難所へ行くなというのか」「一刻も早く避難することが東日本大震災の教訓ではないか」,といった不信感を持たれるかもしれません.私が言っているのは「避難するな」という話ではありません.「避難とは,どのような場合にも,一定の避難場所に移動することが有効なわけではありません」という話です.「わかりにくい」かもしれません.しかし,自然災害は自然現象に起因するものです.自然は複雑で「わかりにくい」ものです.「自然」と向き合うためには話を単純化せず,私たちも少し汗をかかなければならないと,私は思います.
■そもそも「避難」とはなんだろう
内閣府「避難勧告等に関するガイドライン 避難行動・情報伝達編(平成31年3月)」には,
「避難行動」は、数分から数時間後に起こるかもしれない自然災害から「命を守るための行動」である。
との記述があります.その上で,
避難勧告等の対象とする避難行動については、命を守るためにとる、次の全ての行動を避難行動としている。<中略>
① 指定緊急避難場所への立退き避難
② 「近隣の安全な場所」(近隣のより安全な場所・建物等)への立退き避難
③ 「屋内安全確保」(その時点に居る建物内において、より安全な部屋等への移動)
と書かれています.このうちの①が一般にイメージされる「避難」でしょうか.しかし,それだけが「避難」ではなく,場所や状況によっては②や③も「避難」であり,けっしてこれらが「間違った行動」ではないことが書かれています.
■津波と水害では「避難」のあり方が異なる
そもそも,避難のあり方は,原因となる自然現象によって異なります.津波災害の避難であれば,「海岸付近で強い揺れを感じたら,少しでも早く高い場所へ移動すること」が「避難」である,と理解してほぼ間違いではないと言っていいでしょう.しかし,洪水・土砂災害は津波との相違点,共通点があります.
私の最近約20年間の洪水・土砂災害犠牲者1259人を対象とした調査では,犠牲者の発生場所は「屋外」が47%,「屋内」51%と屋内外はほぼ半々です.土砂災害については82%が「屋内」ですが,洪水など水関連犠牲者では「屋外」が71%,強風や高波の犠牲者も「屋外」が79%に上ります.土砂災害については危険な場所にある建物から立退き避難することが有効ですが,不用意に屋外を行動すると,水などに襲われてしまうという危険性があるわけです.
家屋が倒壊・流失する状況では,屋内にいても犠牲者が出る可能性が高まります.土砂災害,特に土石流に見舞われると家屋全体が倒壊してしまうことも珍しくありません.一方洪水で家屋が流失するケースは,堤防が決壊した場所や,堤防のない河川の脇などに限定され,浸水だけで家屋が流失することはほとんどありません.浸水だけならば,建物の上層階に移動できれば命は助かることが期待できます.筆者の調査では,浸水による屋内犠牲者が目立った平成30年7月豪雨や,2019年台風19号でも,2階建て建物の2階で亡くなった犠牲者は明確には確認できていません.
つまり,洪水・土砂災害からの避難は,場所や状況により,「適切な行動」がかなり多様で,一律に「指定避難場所へ避難」とだけ覚えておくことが良いとは言えないと思います.
一方,洪水,土砂災害の犠牲者は,その多くが「起こりうる場所」で発生していることは,犠牲者を軽減する上で重要なポイントでしょう.先にも挙げた私の調査では,土砂災害犠牲者の87%が,土砂災害危険箇所等の付近で発生しています.水関連犠牲者が浸水想定区域付近で亡くなったケースは41%と多数派とは言えませんが,地形的に見ると,洪水の可能性がある「低地」で亡くなった犠牲者が92%でです.けっして「起こるはずもない場所で多くの犠牲者が生じている」訳ではありません.なお,この調査結果については内閣府報告書にも収録いただいています.
■内閣府報告書の「避難行動判定フロー」を読む
こうした洪水・土砂災害犠牲者発生状況に関する知見も元に,今回の内閣府報告書には,「避難行動判定フロー」及び「避難情報のポイント」という資料が収録されました(50~53ページ).まずは「避難行動判定フロー」を見ましょう.
ここでは,ハザードマップを参照し,自宅がどのような危険性があるかを確認する際のポイントが上げられています.なお,大前提としてハザードマップは,家一軒ごとの危険性の有無を明確にしめせるような精度はないので,あまり細かくは見ないで欲しいところです.「自宅付近」の危険性を読むつもりで見たいところです.
ああ,そういうややこしい話はいい,はっきり,分かりやすく言え,と思われるかもしれません.すみません,繰り返しますが,自然はややこしいのです.情報にはばらつきや幅があります.時間,空間的に,かなり幅を持ってみる,という姿勢について,ご理解をお願いします.「避難行動判定フロー」もあまり単純な図にはなっていません.フローの分かれた先に,「ああでもない,こうでもない,こういう場合もある」みたいなことが書いてあります.
「避難行動判定フロー」ではまず
家がある場所に色が塗られていますか?
とあります.これをまず確認することが重要です.「いいえ」,つまり,色が塗られていない場所では,闇雲に「避難所Go!」をする必要性は低いといえます.そういったところにいるのであれば,むしろ屋外を行動して難に遭うことを避けるために,自宅にとどまることが重要でしょう.
ただし「いいえ」となっても,絶対に安全とは言いきれません.特に中小河川の付近では「地形的に洪水が起こりうるけど,情報整備が間に合っておらず,色が塗られていない」事がかなりあります.堤防がない小さな河川のすぐ脇,というような場合は,色が塗られていなくても洪水の影響を受けうる,と考えていただいても大きな間違いではないでしょう.
さて話を続けます.「避難行動判定フロー」で,
家がある場所に色が塗られていますか?→はい→災害の危険があるので、原則として、自宅の外に避難が必要です。→例外
という流れがあります.その先の枠内に
※浸水の危険があっても、
①洪水により家屋が倒壊又は崩落してしまうおそれの高い区域の外側である
②浸水する深さよりも高いところにいる
③浸水しても水がひくまで我慢できる、水・食糧などの備えが十分にある場合は自宅に留まり安全確保をすることも可能です。
※土砂災害の危険があっても、十分堅牢なマンション等の上層階に住んでいる場合は自宅に留まり安全確保をすることも可能です。
とあります.
ここです.つまり,「避難イコール避難所Go!」ではないですよ,それぞれの自宅の場所や建物の状況を確認し,自宅にとどまることも選択肢の一つですよ,という話です.土砂災害の場合は,「少しでも斜面から離れた部屋に」を追加しても良かったかもしれません.
「避難行動判定フロー」の裏面ではこのあたりについて更に強調する言葉が続いています.
・「避難」とは「難」を「避」けることです 安全な場所にいる人は、避難場所に行く必要はありません
・避難先は小中学校・公民館だけではありません 安全な親戚・知人宅に避難することも考えてみましょう
ここでは明記されていませんが,金銭的な負担もいとわないのであれば,危険性の低い場所にあるホテルや宿泊施設に宿泊するといった選択肢も十分ありうると思います.
■「避難所に集まる人を少しでも減らす」
さて,新型コロナウィルス感染症の流行状況下と,この避難の話にどんな関係があるか,なんとなくおわかりかと思います.新型コロナウィルス感染症の流行を抑制する方法として,密閉・密集・密接の「3つの密」を避けることが重要であるといわれています.災害時の避難所は,まさにこの「3つの密」の場ではないか,と心配する人もいるかと思います.この問題は非常に難しく,「こうすれば確実に安全だ」という対策はなかなか立てられないのではないかと思います.
そうなると,「避難所に集まる人を少しでも減らす」という考え方も,あくまでも方法論の一つとしては,考えられることではないかと思います.「避難行動判定フロー」に示された情報を参考に,避難の必要性が高くない人は自宅にとどまる,避難の必要性がある人も,なるべく避難場所を使わない避難の方法を考えておく,という形で難を避け,どうしても避難場所を使わねばならない人が避難場所を利用する,という方向です.これは,新型コロナウィルス感染症の流行状況下に限らず,避難場所の対応能力が必ずしも十分でない場合もあることを考えると,一般的な洪水・土砂災害時であっても的外れな方向ではないのではないか,と思っています.
無論これは,非常に微妙な話であり,逆に危険を惹起しかねない危うさもあります.「避難場所に集まらなくても良いのだ」という考え方「だけ」が強く印象づけられ,闇雲に「コロナも怖いし避難は止めよう」という考え方が広がってしまう,という危険性です.あくまでも「避難イコール避難所Go! だけ,ではない」です.「避難所に行かなくていい」と【だけ】言っているのではありません.避難場所に移動すること以外にも,いろいろな「避難」のあり方があり,それを平時から考えておくことが重要で,それは簡単とは言わないけど,不可能でもない,ということです.
はい,また「わかりにくい」話になりました.すみません,繰り返しになりますが,自然と向き合うのは「わかりにくい」ことの連続です.どこかに「これさえ理解すれば解決!」みたいな「コツ」はありません.「こうすればいい」という,すべての人に一律適用可能な「ノウハウ」もありません.私たち自身のおかれた条件があまりにも多様なため,私たちそれぞれが考えておくしかないのだと思います.
残念ながら,「避難イコール避難所Go! だけ,ではない」という考え方で準備を進めたとしても,新型コロナウィルス感染症の流行状況下での避難所についての課題がきれいに解決するわけではありません.最も効果的に機能したとしても,部分的な解決策の一つにすぎないでしょう.ただ,防災対策はそもそもそうした「一発解決にはならない細々した対策」の積み重ねでありましょう.また,この考え方は,新型コロナウィルスの危機が去ったあとでも有効な対策の一つになり得ると思います.
「避難」については,いろいろなお考えがあると思います.私がここで述べた考え方に反発を感じる方もいるかもしれません.私は「みんな必ずこうすべきだ」と述べるつもりは全くありません.あくまでも一つの考え方です.
なお,大変申し訳ありませんが,個々の場所について「どうしたらよいのか」というご質問に対応できる余裕がこちらにはありません.ご理解をいただきますようお願い申し上げます.
9月18日付け静岡新聞に下記寄稿をしました.「ある災害事例の教訓「だけ」に注目することは,かえって危険な対応をもたらすこともありうる」というお話.ぼうさいを教えたがる人が怒り出しそうな話だとは思っていますが.
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時評=災害教訓に学ぶ難しさ 多くの事例収集重要
「過去の災害教訓に学べ」といった話をよく聞く.これは無論重要なことだ.しかし,ある災害事例の教訓「だけ」に注目することは,かえって危険な対応をもたらすこともありうる.
1982年5月26日に発生した日本海中部地震では,主に津波により104人の犠牲者を生じたが,被害の多かった秋田県内で「地震が起きたら浜へ出ろ」という言い伝えがあり,実際に地震直後に海岸に向かって避難した人もいたことが話題となった.1939年に同県内で発生した地震の犠牲者(27人)の多くが建物倒壊や土砂災害で死亡したことからこのような言い伝えが生じたのでは,と考えられている.また,本来はこの言葉の後に「浜へ出たら山を見ろ,動かなかったら山へ登れ」が続いていた,とも言われている(1982年5月29日付秋田魁新報).
こんな言い伝えを信じることは現在では考えられない,と感じるかもしれない.しかし,似たようなことは現代でも決して無縁ではない.たとえば平成30年7月豪雨で大規模な浸水被害を受けた岡山県倉敷市真備地区では,1976年の水害を経験した住民が「大雨が来ても、あの時くらいだろう」と考え,結果的に天井まで浸水した自宅から救助された話が報じられている(2018年7月20日付読売新聞).過去に災害を経験した事が,かえって次の災害時の適切な行動を阻害することは「経験の逆機能」とも呼ばれ,しばしば見られることが知られている.
自然災害を構成する個々の要素,例えば「大雨が降ったら川があふれる」「深夜に大雨が降った」といったことは,過去から繰り返し生じているが,それらの組合せは無数にある.ある災害の「教訓」とは,こうした無数の組合せの一つに関わる「教訓」にすぎない.「様々な災害事例の教訓」に学ぶことが重要だろう.
日本海中部地震の例では,「浜へ出ろ」の後に続いていた言葉が欠落したらしい,という点も注目される.災害の教訓や知識が,時を経ると簡略化されてしまう事がありうることを示唆している.災害に関する情報を「簡単に」「わかりやすく」とよく言われるが,言葉を「簡単に」することで,致命的に誤った情報を伝える可能性があることには,十分注意しなければならないだろう.
7月18日付け静岡新聞に下記寄稿をしました.以前からいろいろな所でしている話です.「いかにもな話で人に教えたくなる防災豆知識」ではなく,基本に立ち返りましょう,という,ぼうさい熱心な人のお気持ちを逆なでする内容です.なお,記事で省略した事項について補足しました.
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時評=大雨の際の避難行動 流れる水に近づくな
防災パンフレットなどで,「洪水時に歩ける深さは××cm」という趣旨の話を目にすることがある.これは誤りとまでは言えないが,命に関わる誤解を誘発しかねない危険な「防災豆知識」だと感じている.
「××cm」という数字を見ると,「××cmまでなら大丈夫だな」と思いそうだが,その判断は適切でない.洪水時に人が流されてしまう条件は,水深だけでは決まらず,水深と流速の組合せによる.水深が浅くても,流速が速ければ流されてしまう.さらにこれは,年齢,体格などにも左右される.これらのことは,水の力に関する基本的な法則からも説明可能であり,実験結果もある.(*1)
車も安全とは言えない.少し古いが,JAFが1984年に行った実験(*2)では,60cm冠水した道路に進入すると,30~40mほど走行したところでエンストを起こし,車は浮き気味になったという.この実験は静止した水中だが,流れがあれば浮き始めた車は流される可能性がある.実際の災害現場でも,道路外に流されて転送・損壊している車をよく見かける.
1999~2018年の風水害犠牲者1259人について筆者が調査した結果では,全体の47%,594人が屋外(車中も含む)で亡くなっており,洪水に流されたり川に転落した犠牲者に限定すると71%が屋外での死者である.雨が激しく降る中での屋外移動は非常に危険性が高いことが示唆される.
大雨の際に行動する上で何よりも重要な知識は「流れる水には近づくな」だろう.水深がどの程度などという知識はどうでもよく,流れている水に立ち入ると命を落とすかもしれない,という単純な知識で十分だと思う.水は少しでも低いところに向かって流れる.流れる水から逃れる方法は,少しでも高いところへ移動することだ.少しでも高いところであれば,目指すべき場所は避難場所であろうとなかろうと,どこでも良い.
さらに重要なことは,流れる水に近づく状況に陥らないことである.早めの対応が第一で,数階建て以上の堅牢な建物や浸水の危険性が低い場所にいるなら,外出を控えることも避難行動の一つである.無論,大雨の時は洪水だけでなく,土砂災害にも目配りが必要だ.洪水時には水に勇気を持って立ち向かう必要性などない.水からは逃れなければならない.
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*1) この種の実験としては色々あるのですが,最近私がよく引用するのは,関西大学の石垣先生のもので,NHK「そなえる防災」に記事があります.
https://www.nhk.or.jp/sonae/column/20131219.html
この記事中の図1は非常に重要で,流されてしまうかどうかが水深と流速の組合せで大きく変わるということだけでなく,「成人男性」「女性高齢者」など,年齢などでもかなり違いがあることを示しており,特定の水深「だけ」を覚え込むことの危険性をよく示しています.ただ,「歩くことが困難となる50cm」という記述があるのがとても残念です.前後をよく読めば,50cmを目安にしててはならないことが分かるのですが,「防災知識」を「分かりやすく」伝えようとする場面では,こうした記述「だけ」が要約されてしまうことが懸念されるので,ほんとうに残念です.
*2) JAFは近年も類似の実験をしていて,下記に動画付きで公開されています.
http://www.jaf.or.jp/eco-safety/safety/usertest/submerge/detail1.htm
http://www.jaf.or.jp/eco-safety/safety/usertest/submerge/detail2.htm
ただ,これらのページには,冠水道路に進入した後,「車は浮き気味になった」という明確な記述がないので(動画から多分そうだろうと推測はできますが),古い実験の話を引用しました.引用元は,高橋和雄・高橋裕「クルマ社会と水害」(九州大学出版会,1987年)です.上記の石垣先生の記事中にも,「車の模型を用いた実験では、水深が40cm、流速が1.5m以上になると流れ出す」という記述があります.
●「警戒レベル4 全員避難」の頻度が増えるとは思えない
警戒レベルが導入されて「警戒レベル4 避難」の頻度が多くなる,という受け止め方をかなり良く耳にするのだけど,なぜそのように思うのかが分からない.
ガイドラインで例示される避難勧告などの発令基準は今回全く変わっていないから,避難勧告等の頻度が増えることは,少なくとも仕組みとしては考えられない.
あるいは,「避難勧告をためらうな」はもう数年前から言われていることで,今回から強調されるようになった訳ではなく,そうしたかけ声が今回から強化されて避難勧告等の頻度が増える,とも思えない.
ただ,気象庁が積極的に「土砂警出しました!,警戒レベル4相当ですよ!,避難を!」と言うらしいので,「警戒レベル4で避難だと呼びかけられた感」の頻度が上がる可能性はあるかもしれない.ただし,大雨警報や土砂警の頻度は下がる傾向らしいから一概には言えないとも思われる.
●「警戒レベルは誰が発令するのか」についての補足
避難情報などはどこから出るのか,という点を,避難勧告等ガイドラインの図に加筆してみました.
元図で,左右が青と緑に分かれているところも含意があって,河川や気象情報はあくまでも「住民が自ら行動をとる際の判断に参考となる情報」.警戒レベルそのものであって「住民に行動を促す情報」は,市町村から出る避難勧告等となる.
「いろいろな所から出て,その意味も順序も分からない」という「声」に答えてこの表が作られた,ということなんだと思う.
●「災害発生情報」はどうなるんだろう
私が見る範囲で割に言及が少なくて不安を感じるのが,「警戒レベル5 災害発生情報」.これ,ガイドライン上では,はん濫発生情報が出たときに市町村が発令できることが明記されているだけで,他にはほとんど具体的なことは決まっていない.
たとえば,道路に土砂が出て物理的な通行止めが発生したら,十分「災害発生」になり得て,それを持って当該地域は「警戒レベル5 災害発生情報発表」になりうる.ただし,どのような状況で「発生」の線引きができるかは,はっきり言って誰にも分からない.
一方で,なんとなく「警戒レベル5」であるように感じそうな大雨特別警報は警戒レベル5そのものではない.特別警報が出たから警戒レベル5発令します,はダメ.ガイドラインでは,「大雨特別警報は、洪水や土砂災害の発生情報ではないものの、災害が既に発生している蓋然性が極めて高い情報として、警戒レベル5相当情報[洪水]や警戒レベル5相当情報[土砂災害]として運用する。ただし、市町村長は警戒レベル5の災害発生情報の発令基準としては用いない」と固く禁じられている.
警戒レベル5は,あくまでも市町村が出す(ことができる)「災害発生情報」だけ.大雨特別警報は警戒レベル5に相当する情報で,警戒レベル5ではない.
また,「災害発生情報」は必ず発表しなければならない情報ということではないこともなかなか分かってもらえないかもしれないと懸念している.「災害が発生したのに警戒レベル5にしなかった,警戒レベル5にしていれば避難して助かったのに」という批判は,ガイドラインの趣旨に照らして的外れ.
しかし,「大雨特別警報は警戒レベル5に相当する情報であって,警戒レベル5では断じてない」なんていう概念は,圧倒的な「誤解」の前に消し飛んでしまうんじゃないのかしら,とも思う.
しかしそうなると,市町村単位で警戒レベルが上下してしまうけど,「警戒レベルは市町村単位」というのも根強い誤解としてみられるので,この点も誤解に現実がついていくことになるのかも,とかも思う.
5月22日付け静岡新聞に下記寄稿をしました.今出水期から始まる風水害の「警戒レベル」についての簡単な紹介文です.
なお,風水害「警戒レベル」については,下記動画でも私見を述べています.
https://youtu.be/MP0cf8iNdag
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時評=警戒レベル4で「避難」-能動的な行動を促す
市町村が出す「避難勧告」等については,内閣府の「避難勧告等に関するガイドライン」に整理されている.2005年の策定後たびたび改訂され,今年3月29日にも改訂版が公表された.
今改訂では,避難の情報が「警戒レベル」という数値で整理されたことが特徴だ.「警戒レベル1~5」の5段階があり,数字が大きいほど危険性が高い.「警戒レベル」という新たな情報が発表されるようになったのではなく,既存の避難勧告などの情報が警戒レベル1~5のどれに位置するか整理されたと考えてよい.
警戒レベル1は気象庁が発表する「早期注意情報(警報級の可能性)」,警戒レベル2は同じく「注意報」.通常の居住地域にいる人に行動の必要はなく,避難のための確認などの段階だ.警戒レベル3は市町村が出す「避難準備・高齢者等避難開始」.高齢者など避難に時間がかかる人や,危険性の高い地域の人はそろそろ避難を開始する段階.
警戒レベル4は市町村が出す「避難勧告」および「避難指示(緊急)」だ.勧告と指示が一つのレベルであることが注目される.「勧告が出たが指示がまだなので大丈夫だと思った」などの声を聞くことがあるが,大変な誤解である.勧告の段階で相当危険性は高い.勧告,指示にこだわらず「警戒レベル4で避難」と理解してよい.
警戒レベル5は,洪水や土砂災害などの発生が確認されてしまった段階.災害の発生は即時の確認が困難なことも多いので,警戒レベル5は「可能な範囲で発令」となっている.警戒レベル5を待ったり,出なかったことを批判するなどは見当外れと言っていい.
警戒レベルとして整理された避難勧告などは市内全域で一斉に出るわけではない.危険性の高まった地区単位で出される.洪水,土砂災害の危険性がある地区はハザードマップなどで公表されており,日頃から自分の生活圏の災害の危険性を理解しておくことが極めて重要だ.また「避難=避難場所へ行くこと」ではなく,差し迫った危険から命を守る行動全般が避難行動であることも留意したい.
ガイドラインは,様々な情報を活用した住民自身の能動的な行動の重要性を強く訴えている.被害の軽減は,我々自身の取り組みにかかっている.
日本災害情報学会のNews Letter No.76(2019/1)に,次の寄稿をしました.「防災熱心な方」に対する嫌みです.